大きな国立病院が閑散としているのはなにか気が抜ける。
きのうは家内の3ヶ月に1度の術後検診の下準備のような検査。
コンピューター―の時代、データはすぐに出るものと思うが、診断は1週間先。
予約は3時。そのせいなのかあまり患者の姿がない。
家内が検査室に入って、少ししてから車椅子に乗った高齢男性が出てきた。大分体が弱っているように見える。検査室ではズボンがはけなかったらしい。
高齢者は体が自由に動かせないとか、耳が遠くて看護師言葉が聞き取れないとか、検査を受けるときにいろいろ問題が生じるようだ。
認知症などの人はMRIなどの検査を受けられるのだろうかと思う。20分前後じっとしていなければならない。閉所恐怖症でなくても無理である。
「還暦は若かったんだ今思う」
こんな川柳を引用して、自分が還暦になったことを夕刊のコラムにした記者がいた。
人生100年、還暦は確かに若い。人生のリセットだが、老いへのスタートである。それからの人生は早い。
小学校の1年生くらいの頃だと思うが、居候をしていた叔母夫婦のところに客が来て、叔父が「あれから10年も経ちますか」という話が障子越しに聞こえて、10年とはどのくらいのことだろうかと思ったことがある。
5、6歳の子供には10年という長さが分からない。
10年どころか20年という歳月も早い。
私の還暦の祝いから早や20年近い。ちょうど娘と息子に初孫ができた頃。その孫2人はこの4月に大学2年生。
他人の話はほとんど家内の友人のことになる。友達を作っておけばよかったという気持ちはない。
家内の絵の会を通じての友人には80歳を過ぎた人が何人かいる。
家内が絵の会に入って20年以上経つ。皆さんなるようになっている。
いつも同じようなことを考えるが、若いときは何をしても若い。元気なうちは何をしても元気。老いてしまうと何もできないし、何も判らなくなってしまう。
今思えば人生あの頃が華という時があった。元気に病院通いできるという事は、残り少ない人生の華なのかもしれない。
このところ何をしてもしなくても頼りなく寂しい。胃のあたりがスースーする。体にはなにかすり抜けるものがあるようだ。



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