人生は広くも狭くもできる

つぶやき

 いろんな言い方がある。これからの人生、真っただ中の人生、過ぎ去った人生、第二の人生、やり直しの人生、残りの人生。

 人が生きていることを人生と言うなら、どれも人生。

 高齢者にも、「人生真っただ中」という人生はある。

 でも私にはそういう人生はもう関係ない。私にあるのは「過ぎ去った人生」だけ。別に醒めているわけでも、やけになっているわけでもない。

 過ぎ去った人生を思うと、人生とは「経験したことと、出会った人だけ」ということになる。

 経験しないことに人生はなく、出会う事のなかった人に人生を感じることがあるはずはない。
 
 そう思うと私の人生は、「大した人生じゃなかったな」と思う。
 
 大した経験もしなかったし、大した人とも出会わなかった。出会った人には申し訳ない。

 まあ仕方がない。人生は誰のせいでもない、自分の能力通り。大した人達ばかりに出会っていたら、ノイローゼになって死んでいたかもしれない。人生自分のレベルで生きることが大事である。

 しかし経験だけ、出会った人だけが人生というのも、さみしいものである。

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