検察は抗告すべきではない

つぶやき

 先日テレビで袴田ひで子さんをお見かけした。再審法改正に関する集会に出席されていたようだ。今年93歳になられる。 

 弟の袴田巌さんが強盗殺人や放火の罪で逮捕された時ひで子さんは33歳。それから2024年に再審無罪を勝ち取るまで58年間、弟を信じ冤罪を主張してきた。偉い人である。

 このところ再審手続きに関する刑事訴訟法の改正をめぐる話題が、テレビやラジオで頻繁に取り上げられている。

 裁判は一度なされたら変更や取り消しはありえないのが原則。だが裁判が絶対正しいということもない。

 もし無実を証明する事実が新たに発見されたようなときは、裁判をやり直すべきであることは当然。

 しかしそこにいつも検察が立ちはだかっていた。裁判のやり直しが決まったのに検察がそれに反対する。

 それによってやり直しの裁判はなかなか開始されることがなく、やり直しを決めたのに裁判所が取り消してしまうこともある。そういう事が非常に多い。

 刑事裁判の再審は滅多に認められるべきものではない。だが難しい要件をクリアーして裁判所が認めたなら検察は文句を言うべきではない。

 裁判制度は被告の利益のためにある。被告に有利になることを検察が反対することは人権侵害である。
 
 袴田事件では2014年に再審が認められたのに、検察の抗告によって再審が取り消され。最高裁が差し戻しを命じて再審が開始されまでに9年もかかった。
 
 どういう訳が自民党の議員たちが、再審決定に対して検察が文句を言うのを止めさせろと言っているらしい。たまにはいいことを言う。なにか思惑があるのか。

 袴田事件無罪判決や大川原化工機冤罪事件などで、国の刑事制度に対する国民の信頼が揺らいでいることに危機感を持ったという。ホントかな。

 検察の抗告は絶対禁止か、原則禁止か、本則に規定するか、付則に規定するか。法務省と自民党議員の攻防だそうである。
 
 法務省・検察にしてみれば再審が認められれば起訴したことが間違っていたことになる。検察の権威に関わる一大事。何としても抗告できる余地を残しておきたいところ。

 検察は自分達は絶対に間違えない、常に正しいと考えているようだ。
 検察が証拠を捏造したとしても絶対認めない。

 警察もそうである。大川原化工機事件の民事裁判で捜査員が「でっちあげ」と証言したが、警察はそれを認めなかった。

 捏造やでっち上げを認めてしまうと組織が壊れる、という考えを検察や警察は持っているようだ。国民より組織が大事。そういうことになるのだろうなと思う。

 あらためて袴田事件再審判決後の検事総長の談話を読み返した。
 
 袴田さんはやはり犯人であると言っている。立証できるが袴田さんが可哀そうだから抗告しないことにした。

 こういうのを負け惜しみと言うのだろう。

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