民話とか昔話では正直者は得をすることになっている。
しかし現実にはそんなことがあるはずはなく、正直者は損をする。
そのことを一番よく知ってるのは庶民なのに、その庶民はどうして正直であることの美徳を語り継ぐのか。昔話を聞くたびに不思議に思う。
欲をかかず、正直に生きていればいつかきっといいことがある。個人の生き方というよりも、社会生活におけるルールを意味するものではないかという気がする。だが、時の為政者の策謀だったかもしれない。
昔の人々の暮らしは大半が農業。限られた社会で、限られた生産の中での暮らしである。そこに求められるものは規範の順守ということになる。
母の兄は生涯生まれた土地から出たことがないという。
農協ツアー華やかな時も海外はもちろん隣町の温泉にも行ったことがない。
15歳の夏休みに初めて母の郷里に1週間泊まったが、それまであまり話を交わしたこともない叔父が私に話すことは「学生運動だけはやってくれるな」ということだった。
そのころ私はまだ学生運動をするような歳ではない。生まれてから一度も村から出たことがないという叔父の関心事は、滅多に会ったこともない甥っ子の学生運動のことだけだった。
早くして夫を亡くした妹である母や、働きながら学校に通う私に対する気遣いというようなものは微塵もなかった。なにより親戚に警察沙汰になるような者が出ることだけを病的に恐れたようである。責める気はないが、田舎の人というのはこういうものである。
「鶴の恩返し」という話がある。
昔話に恩返しという話が多い。鶴だけでなくキツネやタヌキや雁、鯉もある。ヘビの恩返しというのもある。
カメの恩返しという話はすごい話である。詳細は避けるが、カメの恩返しを受けた人は助かるが、その人を危険な目にあわせた人たちはみんなおぼれて死んでしまうという話である。
「鶴の恩返し」という民話をもとに、木下順二が「戯曲夕鶴」を創作した。正確には鶴女房という民話らしい。東北の民話とされている。
その戯曲をそのまま團伊玖磨がオペラにした。作曲にあたって、一言一句戯曲を変更してはならない、という木下順二の承諾条件があったことは有名な話である。
1951年の完成ということだからずいぶん古い作品ということになる。
昔話は各地に同じような話があって、少しずつ内容が異なる場合がある。「鶴の恩返し」も鶴を助けたのは若者というのと老爺というのがある。
昨日FMラジオでオペラ夕鶴の放送がされた。何年振りかで聞くことになったが、やはりオペラは言葉が分かった方がいい。魔笛、椿姫、ボエーム。どんなに名曲でもセリフが分からなければ楽しさも半分。
オペラ公演では笑う場面で笑うのが通の聴衆ということになっているらしい。「えっ?、何々、何がおかしいの」ということではダメらしい。日本語であればおかしいときは笑えるし、悲しいときは悲しさが分かる。
高校の国語の時間、教師がオペラ夕鶴のレコードを生徒に聴かせた。教科書に夕鶴の一部が教材になっていたからである。
聴き終わって生徒に感想を求めたが評判が悪い。聴いていて噴き出した者もいる。中には音楽として認めない、と発言する生徒もいた。
戯曲をそのまま歌にすることの不自然さに対する生徒の率直な感想ということだが、そもそもオペラなどを聴いたこともない生徒に感想を求めるというのも無理がある。
教師は音楽好きな人であった。生徒から別の感想を期待したのであろう。憮然として教室を出ていった。
日本のオペラで夕鶴ほど公演回数の多いものはない。題材がいいし、團伊玖磨さんの曲も素晴らしい。
ただ1点、それがオペラ夕鶴の魅力であるかもしれないが、つうのアリアである。戯曲のセリフをそのまま歌にすると全編レチタティーボになってしまうのである。
与ひょうを思うつうのアリアは、團さんにすれば美しい抒情詩に曲をつけたかったかもしれない。しかしそれは木下順二の許可が下りない。
夕鶴を聴くたびにこのことを思う。しかし夕鶴ももはや古典である。あのアリアであるからつうのアリアだと思うようになった。
山本安英さんのつうは残念ながら見たことがないが、伊藤京子さんのつうは聴いたことがある。
團伊玖磨さんは生前、私の作品で一番演奏回数の多いのは夕鶴ではなく「ぞうさん」である、ということをテレビのインタビューで語っていた。
来年は生誕100年になる。プライドとか気難しいとかいう言葉が思い浮かぶ人であったが、夕鶴、ぞうさん。いい人だったのではないかなと思う。(了)



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