世間で言う「いい会社」というところに就職したこともなく、尊敬できるような人間関係を持ったことがないから、私の社会観というものは何事にも否定的でいいものではない。
孫たちは今は学生だが、あっという間に学業を終え、社会に出ていくことになる。いい社会人生活を送ることができるか、心配である。
今朝のブログに、若い人が学校を出て就職したにもかかわらず、数ヶ月で幻滅とか失望とかを経験するということに触れたのは、そんな気持ちがいつもあるからである。
私と違って立派な学歴もあるから、私の心配は取り越し苦労になると思うが、世の中にはちゃんとした会社があることを信じたい。
世の中にちゃんとした会社があるとは思えないのだから、如何に私の会社経験がひどいものであったかを示すことになる。私の被害意識が強すぎるのかもしれない。
今日の夕刊の1面トップは、「イギリスの銀行の元役員 六本木から福島へ」という記事であった。
1面のトップ記事が事件や政治問題ではなく、人の生き方や心温まるエピソードなどを掲載するようになったのは何時頃のことからか。
今日のそのトップ記事は、イギリスに本部のある銀行の日本法人の最高責任者の地位にある人が、その職を辞して福島の山あいにあるひなびた温泉宿の主人になるという話である
まだ40代の半ば。出身はニュージーランド。ハンサムな白人である。
これが中国人やイスラム教の国の人だとしたら嫌悪感しかない。白人だから応援しようという気になる。私は結構人種差別をする。
この人がこの人生の決断をしたのは、3年前72歳の父親からのメールであったという。その時父親は末期がんの診断を受けていた。
「どうか私の遺言だと思って聞いて欲しい。銀行をやめてくれないか。もう十分働いたじゃないか。会社の利益を追い、出世するだけが人生じゃない。心身の健康を考えておくれ」
父親は息子が帰省するたびに、息子の顔色がさえないと憂いていた。
ブログに人の文章を引用するのは極力避けているが、がん告知を受けた父親の言葉である。記事のまま引用することにした。
こういう話をどう思ったらいいのだろうか。温泉宿の経営がうまくいくことを思うしかない。
以前山形の銀山温泉の旅館の女将が、アメリカ人の白人女性で大変話題になったことがある。着物を着て、玄関で三つ指をついて客に挨拶をする姿が、アメリカ人には思えなかった。
この人はその10数年後に離婚してアメリカに帰ってしまった。
人生心を充たす生き方は大事だと思う。だが多くの収入と地位を捨て、自然や人とのつながりに人生の意味を見出すということに、私はどうしても懐疑的である。
今晩も地震が来ませんように。


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