出身地は生まれたところか育ったところか

つぶやき

 相撲の場内アナウンスで力士の出身地が紹介されるが、十両以上のときは市区町村まで紹介する。例えば「東京都中野区出身、立浪部屋」となる。外国力士の場合は国名だけだそうである。

 地方の出身地であれば山があり川があり、豊かな緑など美しい風景を思い浮かべるが、東京都中野区だの江東区となると、思い浮かぶのは、車の渋滞とか密集した街並みしかない。

 私は親が疎開した先で生まれ、戦後すぐに東京に戻ったから、生まれ故郷の記憶は全くない。しかし出身地は生まれた県名を言っている。出身地とはなんなのか。
 
 出身地に関係あることではないが、暴れん坊将軍吉宗は側室の子であったらしい。母は紀州家のお風呂場係の女性だったが、お風呂場で父光貞の手がついたという伝説があるという。実に分かりやすい伝説である。

 天皇を軽々しくプログなどに書くことではないが、明治天皇も大正天皇も正妻が生んだ子ではない。側室が生んだ子である。

 「側室が生んだ子であるらしい」と書かないのは推量で書くようなことではないと思うからだ。しかし私自身が確認できることでもない。ウィキペディアの記述が正しいことを祈るばかりである。

 もちろん側室と言ったって、町内に囲った三味線のお師匠のような女性ではない。れっきとした宮家の息女であることが多いらしい。
 
 側室の子による皇位継承は、現代の徳仁天皇までの126代のうち44代(46代との説もあるらしい)を占める。3分の1以上の天皇が側室の子であったことになる。間違いのないことのようだ。

 明治天皇の前の4代の天皇は側室の子であったというから、近年の皇位継承は大正天皇まで6代側室の子が続いたことになる。

 ということは、皇位継承も徳川家や大名などの継承ということに関して、母親というのは全く重要なことではないことになっている。

 だからどうのということではないが、生んだ母親は誰でもいいということになる。そういうものなのか。

 皇位継承の安定をめぐる政府の皇室典範改正の動きは、どう見ても説得性に欠ける。

 政府もそれは百も承知のうえで突っ走っている。どうしても男系男子でなければ駄目なようだ。もちろん論理ではない。日本を神の国にしておきたいようなのだ。

 何を言っても無駄なことなのだろう。自民党というところは宗教団体のようなところがある。一定の先に議論がない。

 愛子天皇誕生に対する国民の期待は大きいというが、果たして政府に影響を与えるような大きな動きとなるだろうか。

 国民も宗教団体の信者のようなところがある。ある所から先は考えないことになっている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました