滅多に新聞の投書欄は読まないが、今朝の新聞に「アレー」と思う投書があった。
8月19日に掲載された投書の内容に共感したという投書だが、その共感した話というのは、若者が表彰式のインタビューで、「感動を与えることができ…」と話すのが気になるというもの。
投書に共感したという人は、「感動を与える」「夢を与える」と中学生までが言うのには違和感がある。感動は与えられるものではなく自然と心から湧き上がってくるものだ、と憤慨ぎみに述べている。72歳の女性だった。
私が「アレー」と思ったのは、8月10日のブログにそのことを書いているからだ。私の場合は「感動を与えたい」ではなく「勇気を与えたい」
投書の前の日付だから、影響を受けたわけでも盗作でもない。ブログにそんな情けないことを私はしない。
ネットで「勇気を与えたい」と検索したらそのままヒット。「違和感を感じる」「上から目線」「言葉の使い方を知らない」とたくさんの記事がある。
そうか、違和感を持っている人は私だけではなかったのか。誰も思うことは一緒だなと思った。
きのう正式に3党合流は断念し、中道は分裂となった。正しくは分裂ではなく来た道を帰る。
こうなることは誰でも分かっていた。
「僕は呼びかけはしない 遠く過ぎ去るものに」。「さらば青春」ではなく「さらば合流」。どうも歌の歌詞が出てしまう。
公明党は高市政権が終わったらまた自民党と組む腹積もりがあるらしい。みっともない党である。解散した方がいい。
今日から9月。今日は防災の日。新聞に関東大震災の記事はどこにもなかった。1面トップは、「核ごみ茨城で文献調査」
茨城は母の故郷。そこに核ごみの最終処分場とは穏やかでない。茨城には東海村がある。過去に放射能による死亡事故を起こしている。
文献調査とは文字通り文獻だけで最終処分場に適した土地であるかを調査するだけのこと。ボーリングなどは一切行わないらしい。
文献調査だけで20億円の交付金が市に入る。
調査を受け入れた常陸大宮市の市長は、その理由を記者に問われ、「お金の問題」と答えた。
首都圏で核ごみの最終処分場の調査というのは初めてのことらしい。
だが、首都圏に核ごみの最終処分場を作ることはありえないという。
では何のための20億円なのか。宣伝費ではないか。
核ごみの最終処分場に国民の関心を持たせるには大都市圏が効果的。
自分のところに作るとなればみんな真剣に考えるようになる。政府としてはなんとか最終処分場アレルギーを無くしたいらしい。
この記事の下に「概算要求143兆円 過去最大」
国家予算は膨らむばかり。前年度予算を超えた要求をしないと仕事をしていないという評価を受ける。
「止まらない止まらない かっぱエビせん」。そんな程度なのではないかな。


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