なんか底の浅い社会だと思う。
底が浅いと言えばまず高市首相だが、いちいち取り上げるのも不愉快。存立危機事態発言の先にどんな考えがあるのだろうか。
横浜山中市長の辞職表明。釈明会見の席で、「出直しの機会が欲しい」という市長に、「市議会は市長の勉強の場ではない」と一蹴した議員の言葉に座布団2枚。
山中市長、なかなか優秀な人らしい。権力を握ると人間は自分が何をしているの判らなくなってしまうようだ。兵庫の斉藤知事はまだ辞めない。
福岡の蔵内議長さんはなんの説明もなく議員辞職。そんな無責任な考えで県議を務めてきたのだろうか。底の深そうなことを言ってきたが、まるっきり上げ底ではないか。
福岡の問題は告発した議員も含めて、警察沙汰にならなければおかしい。
金を出して議長職を買う。どんな慣習や事情があったにせよ、言ってみれば贈収賄のようなものである。
カツアゲされても議長になりたい。あまり被害者面しないほうがいい。議長をやれば元は取れる、ということであったのかもしれない。
考えが浅い! これに極まる。中道・立憲・公明の合流問題。
陳腐というべき失態。呆れてものが言えない。
公明と一緒になったらどんなことになるか、あの時の立憲は全く分かっていなかったようだ。選挙は惨敗。党は散り散りばらばら。
公明はいわば手負いの獅子、ではなく手負いの猿。恥も外聞も捨て生き残りを考えているだけ。立憲もやっと少しは判ったようだ。結末はすでに明白。合流はありえない。
創価学会・公明党について分からないことがある。
創価学会は、入信し拝めば病気は治り、貧乏な生活から脱してお金持ちになり、いい大学に合格し、いい会社には就職できる、ということで信者を増やしてきた。
しかしそんなことがこの世の中にあるはずがない。だが、それを信ずる人もいて、優秀な大学の学生も多数入信した。分からないというのはこの事。
東大や京大、東工大を出たような人がなぜ信者になるのか。創価学会は他の宗教とは違って精神性を重視する宗教団体ではない。若者の嫌う現世の利益。
公明党は創立時から中道を標榜してきた。中道は左と右があってのもの。優秀な大学を出た人がその曖昧さをどう納得して公明党の政治家になったのか。以前の代表であった山口那津男さんや浜四津敏子など見ると特にそう思う。
人間の底の浅さ、深さとはどういうことなのか。物事を単純に考える者は浅く、複雑に考える者は深い。そんな定義で納まるものなのか。
他人のことはあまり言うものではなかった。私は浅く、世の中浅いところで生きてきた。浅いことだらけ。世の中深くては生きていけなかった。


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