孫が今日から大学の寮住まいになる。3日に日本を発って9日から2週間両親や祖母たちと合流したが、みんな帰ってしまえば心細くもなる。
リヨンは治安もよさそうだし、早く友達ができて留学時代を豊かなものにしてほしい。
リヨンはフランス第2の都市。孫のフランス留学が決まってから少しリヨンを調べたが、なにより家内はリヨンから帰ったばかり。ふるい歴史を調べるより、今のリヨンを知るには家内から聞くのが一番。
だが、私が話題にしないせいか、家内も以前の海外旅行のときのような華やかな話をすることもない。
孫との別れがつらかったのか、若い頃の旅行とは違う何かを感じたのか。
若い頃旅行会社に勤めていたという人と、夫の転勤でパリに何年も住んでいたという絵の仲間の人と3人で明日食事をするらしい。
何を聞いても感動しない亭主に話をするより、フランスを知っている友人との話は盛り上がる。80前後の婆さんたちにも語り合う青春はあった。
孫がフランスの大学で何を学ぶのか全く知らない。授業はフランス語で行われるのか英語なのか。あの幼かった孫が英語もフランス語も堪能というのが信じられない。
最近大学生の海外留学は減少気味という。費用のこともあるが、企業が留学をあまり評価しなくなったということもあるらしい。日本にいても国際的な勉強はできる。
一時期グローバルということがもてはやされたが、日本の社会はグローバルを判っていたのだろうか。英語が喋れればグローバル。こんな程度だったのではないだろうか。
語学のための留学というのも、もはやたいした意味をなさない。ロボットは何語でも語れるし訳せる。
単なる語学力よりも、留学で何を学んだかが問われる時代、と言われる。
しかし企業が「留学で何を学んだか」と学生に質問しても、学生の答えを理解できる能力があるだろうか。
日本の組織文化は“暗黙知”。日本企業は「空気を読む」「根回し」「暗黙の了解」など、非言語的な協調を重視する。
これを打開するのがグローバルであったはずだが、やはり悲しき島国。変わりようがなかった。
学生の海外留学は下火だが、政治家の海外研修は盛んである。
自民党女性議員団のパリ旅行。議会が終われば議員たちはこぞって外遊。
人口1万ほどの村の村会議員までが、海外研修と称してアメリカやヨーロッパに出掛ける。何か役に立つようなことがあるのだろうか。
「これからも海外旅行は続けます」と言った県会議長は、「海外視察」と訂正して結局辞職。
視察と旅行の区別がつかなくなるのが政治家の海外研修。子どもでも勉強と遊びの違いは判る。


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