やはり誰でもいいということではない。

つぶやき

 戦後、それまでの価値観が180度変わって、言ってみれば一晩で世の中がひっくり返ってしまって、人間不信や社会不信に陥り、何を信じたらいいのか分からなくなった、ということを語る人が多かった。

 その人達もほとんどが鬼籍に入られてしまって、いま90歳の人は昭和11年生まれ。戦前の記憶はわずかなものとなった。

 戦後昭和天皇は人間宣言をしたことになっているようだが、正確には人間宣言はされていないことになっている。

 戦後まもない詔書において「天皇を現御神(アキツミカミ)とし、日本民族が他民族より優越し世界を支配すべき運命を持つという観念は架空である」と述べたことを、人間宣言と捉えただけのことであるらしい。

 この神格否定部分は GHQ が強く求めたもので、英語原文案も存在するそうだ。

 天皇の日本各地への巡幸は、天皇も同じ人間なのだということを国民に知らしめるために、GHQが演出したのではないかと思っていたが、そのことについてはハッキリした文書は残っていないということになっている。

 しかし今まで畏れ多い神と奉り、写真ですらその姿を見る人ができなかった天皇が、帽子をふりふり国民に笑いかける姿はどう国民の目に映ったのだろうか。

 巡幸で見えた昭和天皇の姿は「戦前の神格化」との落差が大きすぎる。思った以上に国民の落胆の声は大きかったようだ。
 「こんな人のために戦ったのか」という声は実際に記録されているそうだ。

 まあそういうこともあるだろう。天皇の姿を見て涙を流した人も多かったはずである。昭和天皇を批判しているわけではない。

 昭和天皇のお言葉には「先の戦争を反省し」という部分はないということになっている。
 
 しかし上皇陛下はこの言葉を何度も述べられ、今上天皇もそうである。
 昭和天皇のご遺志を、おふたりが受け継いだと理解するのが自然である。

 天皇を制度とすれば、養子による皇位継承は歴史上何度も行われたことは確かな事実のようだ。

 しかし国民は制度としての天皇ではなく、雅子さんや愛子さんや秋篠宮家の人々に対する思いを持っている。

 天皇は国民の中ではもはや制度ではない。この辺のところを高市さんや麻生さんは理解したくないのであろう。

 天皇は単なるお飾りでいいというなら、日本には千数百年も祖先にさかのぼることのできる家系があるというだけで世界に自慢できると思うのだが。

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