きょうは立秋。立秋というと、立原正秋という作家を思い出す。あまり知的な思い出し方ではない。
若い頃、この名前に憧れたことがある。きれいな名前だと思った。
私の名前の2文字のひとつに「あき」と読む漢字があるが、その字を「秋」にしたかった。
50過ぎて趣味の集まりのために名刺を作ったが、その時「あき」を「秋」にした。
苗字も、漢字2文字の3つの音にそれぞれひとつの漢字をあて3文字にした。音は変わらない。視覚だけが変わった。それがなかなかいい。
立秋となっても翌日からは残暑というらしい。まだまだ暑い。暑さはこれから本番とも言える。
人生節目は春なのか秋なのか。歳をとると人生は秋にあると思う。
老いることが秋なのかもしれないが、春は生きててよかったと思うが、秋は生きてきたことの重さを感じる。春は空気を吸いたくなるが、秋はため息になる。
秋は「もの想う季節」。心地よい風が吹き、夏の喧騒はなくなり夜が長くなる。人はゆっくり考え、丁寧に自分と向き合う。そんなイメージがあるということになっている。
だが、ところがどっこい実際の秋の思索は、意外とせっかちで底が浅い。「もうやめよう」「もういいだろう」「もう遅い」 そんな言葉で秋は思索する。
ネットにレズビアンカップルの別れの話があった。秋は別れの季節でもある。男女の別れならありきたりだが、レズビアンの別れとはどんなものなのか。
読んでみたが男女の別れとさして変わらない。レズビアンでも相手に飽きるということがあるらしい。
「いま恋人との未来が見えない。本当にこのままでいいのか。もう無理だからと別れてしまおう」
秋は現実に戻る季節なのかもしれない。よく判らないまま結論を出してしまうことが多いと言う。
「それは秋の仕業かもしれません」
ブログの人は、「いまが秋ならすぐ決めずに考えてみるのも良いと思います」とする。春まで待ったほうが良いと言う。
人間秋になったら思慮深くなるということはない。かえってもの想う秋はろくなことを考えない。


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