ふさがったような便はつらい

つぶやき

 どうも今日はブログを書く気がしない。考えてみれば、なんとしても書かなければいけない、ということを書いているわけではないから、やる気がなくなったらそれまでのこと。

 汚い話であるが、きのう便通がなかった。そうなると翌日の便通がつらい。

 便意があるのにいくら息んでも出口でふさがっているようで出ない。
 息んでは脳溢血になるのではないか。そんな心配をしながら息む。

 出なければそれ以上トイレで頑張ることはない、というのが、経験から得た私の持論。

 とにかく便は陣痛がないことにはどうしようもないのだから、次の陣痛がくるまで待った方がいい。それがつらいがそれしかない。

 ブログは便通のために始めたのに、こういうことではブログをやっている意味がない。ブログを書く気になれないというのはそういうことからだと思う。

 おととい連絡の取れなかった知人と話をすることができた。生きていた。

 人の生死に関心があるだけで、私と同じ歳の人間に、なにか面白い話があるとは思えない。今度会いましょうと、適当なことを言って電話を切った。

 家内が近所の人から、「最近お宅の車がいつもあるけどご主人お元気ですか」と声をかけられた。

 このところ1週間近くウォーキングに行っていないから、そんな話が出るかもしれないと思っていた。

 みんな本当に真剣に心配してくれる。だが心配とは「心を配る」というだけのこと。心を配るだけなら誰でもできる、などと言ってはいけない。挨拶というのはそういうものであった。

 我が家の庭が荒れ放題になったら他人は、「あの家の奥さんになにかあったのでは」と思うと思う。

 私の生存は車。妻は庭。とにかく我が家は人目につく。

 8時前に久しぶりの緊急地震速報。今日のブログをどうしようかと思っていた時だった。

 わが町は震度3。今晩はこれ以上の地震がありませんように。

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