他人の作り話に一喜一憂したくないから小説もあまり読まないし映画も観ない、と言う人と話をしたことがある。そういう人は結構多い。私もそう思うところがある。
しかし小説などを読むことで、自分では経験できないことを知ったり、世の中のことが判ったり、人の気持ちが理解できるようになる、ということも言える。自分の経験でなければまったく意味がないということもない。
先日新聞のテレビ番組欄で、「男はつらいよ」が放送されていることを知ったが、ずいぶん前にも全作品が毎週放送されていた。繰り返し放送しているということなのか。
このブログで「男はつらいよ」を何度か書いているが、この映画を映画館で観たのは第1作から5作目くらいで、あとのシリーズは観たことがない。
観なくなった理由は、「あんな男が自分のそばにいたらたまらない」と思ったことから。
実際にそばにいられたらたまらないという人間を、映画では愛すべき人間として観るのがどうも納得できなかった。
ときどきこの映画を思い出すのは、山田洋二監督が寅さんというどうしようもない男を使って、人生の言葉のようなものを言わせるからだと思う。しかし寅さんの言葉がなんでもかんでもいいということではない。
寅さんとさくらは異母兄妹。寅さんの母親は正妻ではなく「父親が芸者に産ませた子」ということになっている。
第何作目だったのか、母親役をミヤコ蝶々が演じて「寅さんの母親」が登場したことがある。
イヤな物語の設定であった。こんな話にして寅の母親を登場させることはない。寅さんは母親に見捨てられた子でいい。
山田監督はときどき目を覆いたくなるようなシーンを撮る。
寅さん映画の第1作でさくらと博は結婚することになる。
さくらは大手町にあるような大きな会社に勤めていて、上司から玉の輿のような縁談をすすめられていたのになぜ町工場の職工と結婚することになるのか。
僕の部屋から、さくらさんの部屋の窓が見えるんだ。朝、目を覚まして見てるとね、あなたがカーテンを開けてあくびをしたり、布団を片付けたり、日曜日なんか楽しそうに歌を歌ったり……冬の夜、本を読みながら泣いてたり……。
あの工場に来てから3年間、毎朝、あなたに会えるのが楽しみで。考えてみれば、それだけが楽しみで、この3年間を……。
僕は出ていきますけど、さくらさん幸せになってください。さようなら。
山田監督はこのシーンにOKを出すまで36回撮り直しをしたという話がある。自然な演技を求めたという。
博の愛の告白に観客も納得した。それを受け入れたさくらにも観客は納得した。今思うとそういう時代であった。
博の父親は大学教授という設定。志村喬という配役がうまい。
博は本当は頭がいい。どこの大学でも入れるような青年であったが、父親との確執があって今は職工をしている。
山田監督らしい話の設定だが、山田監督が評価されないところでもある。



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