「最近あの人を見かけない」ということが多くなった。近所の人も著名人や芸能人もそうである。たまに見かけると「まだ生きているんだ」と思う。
華やかに活躍していた芸能人が、ある時を境に見かけなくなれば何かあったのか、ということになる。
山城新伍といえば白馬童子であるが、それでは古すぎる。やはりこの人は夜遅い時間のパラエティ番組が面白かった。まだ40歳前で、生意気盛りであった。
女性関係などめちゃくちゃで、自由奔放な人生を送ったようだが、晩年は糖尿病などを患い、2009年に特別養護老人ホームで、家族に看取られることもなく70歳で亡くなっている。
「あの山城新伍が老人ホームで暮らしている」。当時大きく報道された。やはり彼と老人ホームでは、意外と言うのか落差が大きいと言うのか悲惨と言うのか、とにかく意外なことであった。
三遊亭小円遊は、1980年に43歳で亡くなっている。早死にである。
「笑点」のスタート時点からのメンバーであり、キザな役回りを演じて人気もあったようだが、好き嫌いのハッキリした風貌であった。
小円遊は、もともと酒は好きではなかったようだが、無謀とも言うような量を飲むようになったらしい。糖尿病を患い、静脈瘤破裂が死因であった。
最後まで聞いたことはなかったが、一度小円遊の落語を聞いたことがある。
変に媚びず、ギザでもなく、端正な古典落語を演じていた。
なぜ彼は、40歳前後にして酒におぼれ、命を縮めてしまったのか。
誰かは知らないが、笑点のメンバーの一人が、小円遊は落語と「笑点」のキャラクターの両立に悩んでいた、と言っていたことがあった。
「笑点」のキャラクターは落語家としての小円遊には邪魔なものであったようだ。あの小円遊が人知れず芸について悩んでいた。芸のことは分からないが、彼の気持ちは分かるような気がする
往年の大喜劇スターであった三木のり平さんは、家庭では謹厳実直、笑い顔を家族にも見せたことのないような人であったらしい。
渥美清さんも、持病のことがあったかもしれないが、撮影外では極力人との接触を避けていたようだ。
「渥美さんは寅さん」と思っていたファンの人達は、渥美さんの不愛想にずいぶんショックを受けたという話はよく知られている。
役者や落語家などになってみないと分からないことなのかもしれないが、自分が自分らしい自分でいられることは、思っている以上に大切なことなのかもしれない。(了)



コメント