このところ人の名前や日付がなかなか思い出せないことがある。
いよいよ始まったかということではないと思うが、以前は名前の場合は50音順に、あ・あ・あ・い・い・い・とやっていれば思い出したが、最近はうまくいかない。
ネットで「苗字」を検索すると日本の苗字ランキングといういうのがあってものすごい数の苗字が掲載されている。
日本の苗字は10数万あるといわれているから、それを全部網羅しているのかと500ずつ単位になっている表を数えてみたが、とてもじゃないが数えきれなかった。
今のところこの苗字ランキングをたどっていくと「アッこれだ」と思い出す。まだ軽症ということかもしれない。
どうして名前や日付を忘れるようになったのか。
考えてみると、名前や日付にはなんの根拠もないことに気が付く。
ある人が山田一郎という名前だとして、この人がどうして山田一郎なのかという根拠はどこにもない。この人が山田一郎であるという事を覚えることしかない。丸暗記ということである。
覚えているから山田一郎で、忘れてしまったら何の根拠もきっかけもないのだから、思い出しようもない。
「山田一郎です」と言われて、そういえば山田一郎さんでしたね、と思い出すうちはいいが、本当に忘れるということは、山田一郎ですと言われて、「そういえば」ということが無くなってしまうことなのだろう。
日付も同じである。今日はなぜ4月27日なのか。先週の月曜日に病院に行って、あれから1週間経ったから今日は27日だということしかない。なにもないのに今日は4月27日だと思うのは、正月からの日を数えることしかない。。
1週間前に病院に行っていなければ手掛かりとなるものが何もない。
日付というものは毎日カレンダーを見て、今日はなん日と記憶すればいいが、そうしないときは何かの日から足したり引いたりして思い出すことになる。そのなにかが無いとお手上げとなる。日付にも何の根拠がないからである。
高齢者の自動車教習に現在の時間を言わせることがあった。
講習が始まって何十分が過ぎたときに、今何時かと係員が尋ねるのである。
講習は何時からとなっているから、講習室に入って、それから係員の説明を聞いてああしてこうしたから大体今は何時頃、という答えをだすことになる。これができなくなるらしい。
しかし名前や日付は忘れてしまう、判らないという事はあると思うが、自分が生んだ子のことも判らなくなるというのだから、神様はひどいものだと思う。
母は85歳くらいの時、私を前にして、「私には男の子が二人います。早く帰らなければ」と言っていた。何歳の頃の子供を思っていたのだろうか。



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