家を取られるという気持ち

つぶやき

 「だかーら言ったじゃないの」深夜の地震はやめてくれって。

 関東地方深夜の緊急地震速報。ちょうど午前2時。「強い揺れに備えてください」と言ったって備えようがない。今度も覚悟を決めた。さいわいに我が町は大した揺れにはならなかった。

 昨年97歳で亡くなった家内の知人女性のことを考えている。なんとなく考える必要があると思った。

 家内の絵画教室のメンバーだが、我が家にも来たことがあり、何度か車で送ったこともあるから私もよく知っている人である。

 亡くなられる直前に脳腫瘍を発症して絵の会を退会したことから、以前このブログに書いたことがある。

 考えてみようと思ったことは、その女性がかたくなに他人の手助けというか支援を拒んだことである。

 誰も自分が高齢であることで他人様には迷惑をかけたくない、あまり気を使ってほしくないという気持ちを持っている。

 だがこの人は異常と言っていいほど他人の支援を拒んだ。「若い人には甘えた方がいいですよ」などという言葉は全く通じなかった。かえって恨まれるような感じであった。

 この人がどういう人生を送ってきたのか知りようもないが、葬儀のときご子息の挨拶で、若い頃国会の速記者を務めていたという経歴が紹介された。既に亡くなられているご主人も、社会的地位の高い仕事に就かれていたようだ。

 その年齢からすれば、支援の拒絶はどこか痛々しく無理がある、と言いたいところだが、痛々しくも無理も全くない。言葉は悪いがふてぶてしいと言ってもいいくらいである。そういうことからすればエライ人であった。

 この女性は退会される直前まで、バス停まで20分以上はかかるであろう道を画材を抱えて歩いて絵画教室に通っていた。そこは自分はまだ老人ではないということを示す場であったのかもしれない。

 絵画教室を退会されてから、この女性の口から驚きの言葉が発せられる。「先生が私の家を取ろうとしている」と言うのである。先生とはもちろん絵画教室の指導者のことである。

 家内はじめ教室の人達は、「あんなにしっかりしていた人がそんなことを言うようになってしまった」。高齢者の妄想と理解したようだ。
 97歳。脳腫瘍を発症していた。異変が起きていたのかもしれない。

 しかし異変があったとしてその異変が他のことではなく、「家が奪われる」という極めて現実的な不安を言葉にして言わせているのである。

 女性は支援されることを嫌った。自分の領域に踏み込まれることを極端に恐れた。その延長線上に、「家を取られる」という気持ちがあったのだろうか。

 97歳まで生きた彼女は、最後の最後で、「取られる」という妄想に駆られる。それも敬愛する絵の先生によって取られる。

 このことについて勝手な考えは書かないほうが良い。

 亡くなる1年前の夏は猛暑であった。暑さの中あの道を歩くことは大変だろうと家内と何度が迎えに行ったことがある。

 後で人づてに聞いた話だが、それがとても負担になっていたという。

 年寄り扱いすることは、人が生きていく張り合いを奪ってしまうものでもある。

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