大災害と1周忌そして外遊

つぶやき

 九州の大雨による被害が甚大である。信じられないような写真が掲載されている。
 
 濁流にのみ込まれた街並み。土砂に押しつぶされた家。ここ毎年のように見る悲惨な被害状況である。
 「もうここには住めない」と言う女性がいた。安全であってこその我が家である。

 日本の国土は、太平洋側からいわばせり上がったように形成されたから、南東の斜面が脆弱である、という話を聞いたことがある。

 急な山の斜面の下に家々が建っている。陽当たりのいい南斜面である。のどかさを感じる日本の典型的な風景であるが、最も危険な風景となった。

 なんで避難しなかったと思うが、あれほどの大きな家がいとも簡単につぶれてしまう。誰でもそんなことにはならないと思うだろう。濁流の怖さはテレビでも十分伝わった。亡くなられた方々が気の毒である。

 九州の被害の後に安倍元首相のことなどについて書くことは不謹慎、とご指摘を受けるかもしれないが、ここ何日か安倍さん関連の報道が続く。

 「安倍元首相が凶弾に倒れて1年が経った」、ということについての特集記事や特集番組が組まれていたのである。私が購読する新聞には、安倍政治の功罪が書かれていたが批判的であった。

 安倍さんはやはりおかしなことをやってきたし、口にしてきた。
 「憲法9条があるから自衛隊員の奥さんは肩身の狭い思いをしている」。確かこんなことを話していたのをテレビで聞いたことがある。
 
 世の主婦の共感を得ようとした単なる軽口と思ったが、安倍さんの本意だったのかもしれない。

 「国民は、一時は新聞などに煽られて政治を批判するがすぐに忘れてしまう。目の前にニンジンをぶら下げておけば文句を言う者は無く、選挙に負けることはない」
 安倍さんの政治的確信とはこういうものであった。

 国民が考える暇もなく、考える暇も与えず、まさに間隙をぬって悪法を通してきた。後でちゃんと説明します、と言いながら説明しなかった。いつもアイムソーリであった。

 野党もいつもそうだが愚かである。そして国民も思考しなかった。

 最近「安倍政治の負産」という言葉が使われる。負産だらけらしい。
 政治理念よりも祖父への思いで政治を行った人である。政治とはこんなにひどいものか、ということを実に分かりやすく国民に示した総理大臣であった。

 安倍さんの国民葬における菅元総理の弔辞は、どこかの子分の言葉のようであった。国葬で述べるような内容ではない。こんな言葉のやり取りによる人間関係が、自民党という組織なのかと改めて感じた。

 福島原発の汚染水は結局海中に投棄することになった。最初はそんなことは言っていなかった。
 誰だってあの汚染タンクの数を見れば海中投棄もやむを得ないと思うだろう。そのために累々とまさに屍のようにタンクを並べたのであろうか。まさに「海ゆかば」ではないか。

 国会の会期が終われば閣僚たちは外遊に出る。外遊とはまさに外で遊んでくることである。子供のころ、「家にばかりいないで外で遊んできなさい」とよく怒られたものである。しかしこれとは違う。閣僚は物見遊山である。

 安倍さんは国会が終わると奥さんと一緒によく外遊した。毎回奥さんの嬉しそうな顔がテレビに出る。タラップの上で本当に嬉そうな顔をしていた。
 安倍さんとっては女房孝行なのだろう、妻の喜ぶ顔を見て満足そうだった。

 つらい話でこの稿を終えることになる。前述した土砂災害は日本の国土の宿命と言われている。

 国土の成り立ちに南海トラフ地震、各地の断層も起因している。災害に対して民衆はただ呆然とするだけである。

 「ゆるがぬ大地」、「動かざること山の如し」そうであってほしい。

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