認知症のことは考えたくも思いたくもない。
蛭子能収さんは、えびすよしかずと読むそうだ。
お笑いタレントと思っていたが漫画家だった。人の良さそうな印象を受ける人である。
6年ほど前に認知症を発症したらしいが、今日ネットで見るとそれらしい顔で写っていた。そういう写真を選んだのかもしれない。
蛭子さんと私は同い年。蛭子さんには悪いが、私はなんとしても認知症にはなりたくない。
今日、昔不動産屋をやっていた時の知人から電話をもらった。知人からの電話などこの何年もない。
以前世話になった不動産屋の社長さんが大分具合が悪いという。
今は息子さんが後を継いでいるということだが、その息子さんと知人は仕事の関係で親しいらしい。
この社長さんと私はちょうど10歳違い。建築会社を辞めて不動産屋を始める時、町の不動産屋のノウハウを勉強させてもらおうと、頼み込んで働かせてもらった。
東海林さだおさんも私と10歳違いで、新聞や雑誌などで拝見すると、私がいくつだから東海林さんは今いくつだ、と思っていた。この社長さんにもいつも同じ思いをしていた。
考えたくない事柄はいくつかあるが、「認知症」と共に「10年」という年月がある。
人生あと10年なのだ。なんだかんだと考えたところで長くてあと10年。
この10年がどんなものなのか、どんなに早いものであるか想像がつく。それがイヤなのだ。
元気に生きていけるうちは元気に生きなければ…。とりあえずそう考えるしかない。



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