今日は年越しそば。子供の頃年越しそばを食べた記憶がない。
母の口からも、「今日はおおみそかだからおそばを食べなくちゃ」といった話も聞いたことがない。
年越しそばを食べるようになったのは結婚してからである。
年越しそばは江戸時代から続いている風習らしいが、蕎麦は長いから長寿、切れやすいから禍を断ち切る、といったところが由来ではないか。庶民の思いは単純で明快である。
年越しそばというから、旧年から新年にかけて食べるものと思っていたが、おおみそかの内に食べるもので、昼間でも夜でもいいらしい。
今年もそばを食べによく出かけた。自分の好みというものが判ってきたような気がする。今のところ好きな店は、近所、秩父、青梅に各1軒の3軒である。
少し太めのそばに蕎麦の香りとおいしさを感じるが、細めのそばの喉越しの良さも楽しみである。うまいそばはどこでもうまい。
大分前のことだが、「一杯のかけそば」という話がはやったことがあった。
おおみそかの夜遅く、そば屋に母と幼い男の子2人がやってきて、一杯のかけそばを3人で食べるという話である。
涙なしには聞けない話として、テレビ、週刊誌などが取り上げ、映画にまでなった。
確かに話の筋を追えば涙も出る話であるが、人気が出れば今度はその反動が出る。
実話というがそうではないのではないか。
一杯150円のかけそばを食べるより、当時は150円で3袋のインスタントラーメンが買えたのだから、それを食べた方がお腹がいっぱいになるのではないか。
しまいには作者の不祥事まで取り上げられるようになってしまった。
私はこの話を初めて聞いた時、最後の部分に納得しないものがあった。
この親子は3年程、毎年おおみそかにそば屋を訪ねるのだが、その後10数年の間姿を見せなくなる。
そしてその10数年後、母と2人の子は再びそば屋に現れる。ひとりは医者に、もうひとりは銀行員になっていた。
つまり父親を早く亡くし、貧しい生活をしていた母と子は「立派な大人」に成長し、裕福な家族になっていたというのである。
私はどうもこういう出世話は胡散臭くてついていけないる。
そば屋に年越しそばを食べに行く習慣はない。いつもスーパーで生そばを買ってくるが、おいしいそばにあったことがない。
何年か前、いつもおおみそかといえばテレビに映る神田の老舗そば屋に行ったことがあるが、江戸っ子はこんなそばを食べていたのかという味であった。とても食べられたものではない。
このところN響第九を聴かない。少し前までは、聴かないとしても誰が今年の指揮者なのかくらいは関心があったものだが、そのことにすら全く関心がなくなってしまった。
八代亜紀さんは昨年の12月30日に亡くなったそうだが、死の発表は今年に入ってからであった。
大スターという人であったから、追悼番組がいくつも組まれているはずである。夕方、いつものように酒が回って、八代さんの番組があったら少し見てみようかと思う。
おおみそかに、「はやりの歌などなくていい」が、舟歌という歌、なかなかいい歌である。この作曲者が知っているとは思えないが、どこかバッハに似ているのである。



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