家の窓から誰も見えない

つぶやき

 何度も家の窓から見えなくなった人のことを書いてきたが、見えていた人がみんなどうにかなってしまったようで、最近では見えるも見えないも人が歩いていない。

 誰も歩いていない。ということは一日家にいるということか。あるいは施設に入ってしまったのか。

 糖尿がひどいという知人は、何年か前の早朝、奥さんに支えられてわずか距離を歩いているのを見かけたが、その後どうしただろうか。私より3、4歳若い。

 以前相続のことで相談しに来た人は前立腺がんを患っていると言っていたが、その後全く姿を見たことがない。生きてはいるらしい。

 向かいの旦那さんはこの何か月も消息不明。脳梗塞を2回やったと言っていたが、それでも半年くらい前まで、たまには歩いていた。どこか施設に入ったのだろうか。

 近所のおせっかいで嫌われ者の婆さんは2年ほど前に亡くなったが、ご亭主は施設に入ったらしい。かなり立派な家がずっと空き家である。

 少子化というから子供はいないものと思っていたがそうでもない。幼い子供を連れた若い夫婦をよく見かけるが、子供を遊ばせるために表に出なければならないから目につくということか。

 しかし幼児を見ると可愛いと思うが、これから育てるのも大変なことだなと思う。人生は一度でいい。

 死んでいく者がいて生まれてくる者がいるのが人間の営みということだが、最近では死ぬことばかりが頭に残る。

 自分が高齢になったからだと思うが、そうでもないような気がしている。正直なところ若い人の生活というものがてんで分からなくなっている。

 このところガラス屋とか表具屋を探していた。ネットにはいくつもの店が掲載されているが、そのほとんどが「この電話は使われていません」

 1軒やっと出たと思ったら、「もう廃業しています」という返事。

 後継者のこともあるだろうが、こういう業種の商店が全滅のようである。

 ホームセンターというところに頼むしかないが、こういうところは高い。出入り業者の上前をはねるから高くなる。

 これから内科。高齢者ばかりだが、自分はこの人達よりはまだちゃんとしているといつも思う。客観は判らない。

 高齢になると悲観的になるが主観的にもなる。

コメント

タイトルとURLをコピーしました