往復7時間かけて墓参り。お墓にはせいぜい10分くらいしかいなかった。
わずかの時間の墓参りでも、故人と一緒に過ごした時代を想う。私ももうそんなに先のことではない。
ちょっと前まで、まだ若いと思っていた時は、そんなに律義に墓参りをすることもないと思っていたが、この頃は行かねばならぬと思うようになった。
母や姉夫婦の墓も義父母たちの墓も、このお彼岸に誰かお参りに来た様子がない。兄弟も歳をとり、跡取り息子は遠く松本にいて、忙しいのか面倒なのか、なんの連絡もない。
墓参りの代行業というのがあるらしい。墓参りを他人に依頼するなどとんでもないことだと思っていたが、代行に頼んでまで墓参りをしようという気持ちはエライというべきことだった。
8月に96歳で亡くなった知人が、自分に何かあったら私に相談しなさいと言っていたらしく、息子さんから相続の手続きなどの相談を受けている。
登記など、やるもやらないも国民の勝手。国は国民の権利などに関わってなんかいられない、なんて言っているからみんな登記をしなくなった。
そうしたら、九州の面積に匹敵するほどの、所有者不明の土地が全国に現出してしまった。
所有者不明の土地の負担がすべて行政にかかってくる。
こりゃあたまらないと、慌てふためいて相続登記を義務化した。連絡が取れるようにしておけ、ということ。
相続登記をしないと罰金10万円。国民を脅して行政の負担をなくそうとしている。
アホな話なのである。
証明書というのはある事実が存在していることを証明するもの。卒業証明書は卒業したことを、合格証書は試験に受かったことを証明する。
登記には「登記事項証明書」というのがあるが、これはコンピューターに登記された内容をプリントアウトしたもの。
この証明書の末尾には「これは登記記録に記録されている事項の全部を証明した書面である」という認証文が付されている。
この「証明」とは驚くことに、登記記録を「印刷した」ということを証明しているもので、登記された権利関係が正しく存在している、ということ証明するものではない。
こんなアホな証明書というのはあるだろうか。
登記は公示制度とされているが、登記は何を社会に公示しているのか。
権利者だと名乗る者が登記をしてくれというから住所と名前を記録したまでのことで、本当の権利者であるかどうかは分からない。本当の権利者が誰であるかは知ったことではない。だから権利者であると証明できない。
これが登記制度。笑ってしまうではないか。
こんな登記にどうして登録免許税がかかるのか。義務に税金をかけるというのはあまり聞かない。


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