グレープフルーツの思い出

つぶやき

 家内がまだ元気に食事を作ってくれるから、市販の弁当を買うということは全くない。

 2日程前、「ほっともっと」という弁当屋さんに初めて入って、1,000円の幕の内弁当を買った。

 食べるのは2時間くらい後なので、その時間でも大丈夫かと店の人に聞くと、自己責任でやってくださいという返事だった。

 そうか、弁当も自己責任なのかと考えさせられた。エビフライも煮物もみんな同じような味だった。

 お盆休みはもう終わったのか。休日を大型ショッピングセンターの混雑具合で知るようになったから、家にいると分からない。家内もいないからなおさら分からない。

 お盆の帰省で、田舎の父親と息子のトラブルが、実に事細かく書かれている記事があった。

 要は、田舎の両親に可愛い孫を見せてあげたい。そのことからのトラブル。

 息子の気持はそれでいいのだが、両親は78歳と77歳。息子は田舎の家は自分の家だと思っている。孫に会いたがるのが年寄りだと思っている。

 しかしもはや子供家族は、老夫婦二人の生活にとって単なる来訪者。そのことに息子は気がつかない。自分の家なのだから何をしても、何もしなくてもいいと思っている。

 父親はもう人生を終えた人。なんの力もなく、何も気を使う必要もない人と息子は父親を見くびっている。

 母親は腰痛を抱えながら、せっかく遠いところを来てくれたのだからお嫁さんに手伝わせるわけにはいかないと、料理や孫の世話に奔走する。

 食事に母親が、孫たちが好きだろうと思って出したハムとかソーセージの料理に息子が目の色を変えて母親を叱る。「我が家では加工した肉は子供の健康のために食べさせていない」

 そこで父親の怒りが爆発する。「お前ら帰れ!」
 
 私も母が喜ぶと思って孫を連れて母のところに何度も行った。しかし気がつかなかった。どれほどの思いをして料理を作っていてくれたのか。

 実は私はこの話の息子と同じようなことを母に言ったことがある。

 家内が私と結婚する前、グレープフルーツを土産に持って来たことがあった。

 その当時グレープフルーツは日本に出回り始めたばかりで、母はそれを知らなかった。

 母は柑橘類が好きだった。柑橘類を半分に切ってスプーンで食べるということにものすごいカルチャーショックを受けたらしい。「夏ミカンをスプーンで食べるなんて見たこともない」

 以来母にとってグレープフルーツは、家内から教わったとても大事で素敵な果物となった。

 母がグレープフルーツ一箱を、孫たちのためにと送ってくれたことがあった。その時私は、アメリカ産のグレープフルーツは農薬だらけだから送らないでくれ、と言ったことがある。

 母は、「そんなこと言ったって…」というようなことを電話口で言ったと思う。

 申し訳ないことを言ってしまったと、この歳になって気がついた。夜も更けて母を想う。

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