はしだのりひことシューベルツの「風」という歌に、「そこにはただ風が吹いているだけ」というフレーズがある。
若い頃聞いた時はこのフレーズよりも、人生とかふるさととか恋という歌詞が心に響き、青春のフォークソングとして好きな歌であった。
私は歌の歌詞にはあまり関心がない。しかしこの歌は、人はふるさとや、夢やぶれた人生や、恋をした切なさを振り返るものだが、しかし振り返ってみても「そこにはただ風が吹いているだけ」という歌であった。
青春の素晴らしさを歌ったものではなく、結局人生はなにもない、というようなことを歌った歌ということになる。
この歌の作詞者は北山修氏。氏が22歳頃の作品と思われる。「ザ・フォーク・クルセダーズ」を中心に音楽家活動をしながら、現在は精神科の医師。
私とほぼ同じ歳だが、そんな若さで「そこにはただ風が吹いているだけ」とどうして思ったのだろうか。
人生を振り返るというには22歳は若すぎる。ふるさとや恋をした切なさを振り返るのは若くてもできることだが、人生につまづいて夢破れて振り返るというのはやはり早すぎる。
振り返ると言うには、やはり「細く長い来た道」が必要である。
この歌にケチをつける気はないが、北山氏が若くして感じていた「ただ風が吹いているだけ」という気持ちを私も感じるようになったのは、60近くなってからのことである。
幸い、夢は最初から持っていないから、夢破れるということはなかったが、貧しい人生のスタート台から、ささやかでも人生をまっとうに生きてくれば、振り返る想い出はいくつかある。
だが我青春の夜間高校を訪ねても、思い出の夜間大学の通学路を歩いても、合宿した信州の湖畔に佇んでも、思い出すものはあってもそれが心を充たすものにはならない。5分もいると飽きてしまう。
振り返りたくて振り返ったが、風すら吹いていない。
齢80近くになって、振り返ることよりわずかでも行動しようとしているが、しかしいつもただ時間が過ぎただけでなにも残るものはない。
この歌の最後の歌詞。
「振り返らずただ一人一歩ずつ 泣かないで歩くんだ」
この歌は若人の歌と思っていたが、年寄りの歌のようだ。
高齢者は孤独。歩行困難にもなり一歩踏み出すのも難しい。涙もろくもなる。振り返えってもしょうがない。しかし生きている限り歩くんだ。
身につまされる歌ではないか。



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