はしだのりひことシューベルツの「風」という歌は私の好きな歌であるから、いままで何度かブログにも書いているはずである。
しかし私には故郷がないので、ふるさとを歌う部分には共感するものがなかった。
この歌の歌詞には「そこにはただ風が吹いているだけ」というフレーズが3回繰り返される。この歌のテーマということなのかもしれない。
「人は誰もただ一人旅に出て 人は誰もふるさとを振り返る」
「人は誰も人生につまずいて 人は誰も夢やぶれ振り返る」
「人は誰も恋をした切なさに 人は誰も耐えきれず振り返る」
だが、何かを求めて振り返っても、「そこにはただ風が吹いているだけ」
この歌の作詞者は北山修氏。氏が22歳頃の作品と思われる。「ザ・フォーク・クルセダーズ」を中心に音楽家活動をしながら、現在は精神科の医師。
ほぼ私と同じ歳だが、そんな若さで「そこにはただ風が吹いているだけ」とどうして思ったのだろうか。
このところ「ただ風が吹いているだけ」ということを実感することがある。風すら吹いていない場合も多い。
この歳まで生きてきたのであるから、振り返れば心に触れる何かがあるはず。
だが青春の夜間高校を訪ねても、夜間大学の通学路を歩いても、合宿した信州の湖畔に佇んでも何もない。5分もいると飽きてしまう。
振り返るものがないわけではない。しかし返ってくるものが何もない。
この歌の最後の歌詞。
「振り返らずただ一人一歩ずつ 振り返らず泣かないで歩くんだ」
この歌は若人の歌と思っていたが、年寄りの歌のようだ。
振り返らず、ただ一人、一歩ずつ、 振り返らず、泣かないで、歩くんだ。
年寄りには身につまされる歌ではないか。


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