絵が上手か、楽器演奏が上手か、文章が上手か。自分もやってみなければ人の上手さというものは判らない。
自分にはどうしたってこういうことはできないと思うことから、他人の上手さとか凄さというものを知ることになる。
学生時代ということではないが、人は親元から離れて一人で生活するという時間を、人生のいっとき経験するのがいいかもしれない。
それで何かが上手になるということではないが、他人の気持ちが分かるようになる。
他人の気持ちが分かるということは人生において大事なこととされているが、それは人間関係に役に立つからである。
他人の気持ちは分かった方が友達を作りやすい。
夜間高校の2年生になったとき、クラスの作文集を作ったが、寄せられた作文には堰を切ったように友人ができたことのうれしさを語ったものが多かった。
中学時代、勉強もできず、作文など書いたこともないという者が、なかなか感動的な作文を書いていた。
夜間高校に入ってはじめて知り合った級友から、「今度遊びに来いよ」と言われて彼の下宿を訪ねた時、その級友は全身で喜んでくれたという内容であった。
全身で喜んでくれたということがどんなことかはっきりしないが、判る気がする。今まで一人で生きてきた。友達ができた。とにかく率直な文章だった。
訪ねた男も訪ねられた男も集団就職で東北から上京し、夜間高校に入るまで3年ほどの時間を一人で過ごしていた。孤独を経験していたのである。
堪えがたいほどの寂寥を経験しなければ、人は人を理解することができない、というある文人の言葉がある。
私は一人暮らしの経験がない。それなのに高校も大学も夜間であったから、周りは一人暮らしの級友ばかりだった。
「分かったようなことを言って分かっていなかった」などと言うつもりはない。集団就職した人の気持など分かりようがない。
だから友達ができなかった。その通りだと思う。そうなるしか他にない。
人生は習い事ではない。人は分かっていないのに分かったように生きている。
今晩も地震がないことを祈りつつ。


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