書き方として難しいところだが、リスクのないサラリーマン生活を続けてきて、収入も仕事の満足度も人間関係も、こんなアホなところにはいられないと、一か八か商売というリスクだらけの世界に飛び込んだ。
が、リスクはあるものの、サラリーマン時代より収入ははるかに増え、煩わしい人間関係もなく、こんなことならもっと早く商売を始めればよかったと思ったものである。
自分で商売を始めて、運よくうまくいけば、サラリーマン時代の給料は子供のこずかいのようなもの。高額と言われる銀行支店長の給料さえ、そんな程度のものなのかとしか思えない。
最初に書いたように書き方が難しい。そんなに稼いだのかと思われてしまうが、サラリーマンをやめて自営で成功した人の例を、話に現実味を持たせるため自分のことのように書いただけ。
いまここで考えていることは儲けることではなく、人生におけるリスクということ。リスクを負うことが自分の人生を切り開く、ということを言いたいがためである。
人生には「やっと」でも「今」でもいいが、「気づいた」ということがある。
だが気づく人生にはいろいろある。
人生は生きることとするならば、リスクを負う生き方と、リスクを負わない生き方の違いに気づくことが、なにより大事なことではないだろうか。
リスクを負う人生を送ってきた者と負わないできた者とでは、今の流行り言葉で言えば見える風景が全く違う。生きる世界が全く違うのだ。
リスクを負わない人生というものは、それだけのことだと思うのである。
リスクを負わない人生を送ってきた人が、給料が安い、ボーナスが低い、貯えができない、生き甲斐がないと言っても同情することはない。
リスクを負わない人生はそういうものなのである。リスクを負わないメリットを受けているではないか。
映画「生きる」の主人公は、リスクを全く負わない地方公務員という生き方に安住してきたが、自分ががんであり余命いくばくもないと知ると、生き甲斐を求めて公園建設に奔走する。
「エライ、感動した」という観客の感想が多いが、そんな話ではない。リスクを負わない人生を送ってきた者の、みっともなさを描いた映画である。
だがサラリーマンはみんなリスクを負おうとはしないと言っているのではない。
サラリーマンであってもリスクを背負っている人は多い。
大きな仕事は小さな組織ではできない。大きな組織を利用して自分のやりたいことを成し遂げようとする人はリスクを負っている。
こういう人たちは私の言うサラリーマンではない。自分の利益しか考えない商売人など吹っ飛んでしまうほど素晴らしい。
商売を始めて人を雇ってみると、理解できないことが多かった。
だが、自分もこんなことをやっていたなと思った。


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