朝一番のブログで、嫌いな漫才芸人のことを書いたから、今日一日不愉快であった。ああいう人間にはブログであれなんであれ、関わらないほうがいい。
「楽しそにビニール袋風の中」
朝飯を食べながら新聞をめくったらこの句が目に入った。
これはいいね。目の前にこの光景が浮かぶ。今日の川柳第1位の句。
だが何度がこの句を読んでいるうち、なるほどとは思うが、何かが無い。
そう、人間がいない。川柳も俳句も人の気持。心を描いていないものは空っ風のように空虚である。
毎日新聞の仲畑貴志という人が選者の川柳コラム。
なかなか掲載してもらえない、というボヤキを句にした川柳をよく載せる。選者に問題があるような気がする。
今日は訪問マッサージの日。2年近く世話になっているが、全く効果がない。「マッサージの効果には時間がかかります」と言うのが決まり文句。
効果が出る前にこっちは死んでしまう。
昼前に川越のデパートに時間つぶしのために行くが、店内は閑散。いつも思うがデパートほど効率の悪い店はない。
時計売り場、万年筆売り場、紳士服売りに寄ったが、店員さんは誰一人寄ってこない。こんな年寄りは所詮冷やかしと思われたのか、無視された。
食事をして1時過ぎ。富士見市の大型ショッピングモールに向かう。
とてつもなく大きい商業施設。
このところ大型商業施設で歩数を消化している。そのうち飽きると思う。
4時過ぎ、家に戻る。散歩のための外出としては長い時間。
人生の夕暮れ。今日の一日が暮れたことの褒美のように酒を飲む。
話し相手がいるわけでもない。ただゆらゆらと、時間がもたらす酔いに気持ちをまかせるだけである。
死んだ友人や知人のことを思い出しながら飲むことがある。彼もヤツもみんな死んじゃったなー、と言いながら酒を飲む。
家内はそれを嫌がる。「いつもそんなことばかり言って」と私をたしなめる。
そうかなあ、といつも思う。酒を飲む時こそ、亡くなった人を思い浮かべる時ではないかと思う。
「親しい人が亡くなって悲しい思いもしました。私はお酒を飲むときこそ、彼らのことを思い出す貴重な時間にしています」という89才の医師がいた。
それでいいんだと思う。人の死を想って酒を飲むことは、若い時にはできない。
死んだ人には申し訳ないが、みんな死んでしまった、という想いは、自分の心をなだめるものがある。人生とはそういうものなのだ。


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