以前「長生きするのも芸のうち」と題して、知り合いの不動産会社の社長さんのことをブログに書いたことがある。全く仕事の出来ない人なのに、長く商売を続けている。
この言葉がどういう意味なのか今でも分かっていないが、語感からすれば、「長生き以外に芸がない」というようにしか考えられない。昔からあった言葉なのか、誰かの言葉なのか。
調べてみたら、八代目桂文楽が文部省芸術祭賞を受賞した時に、劇作家であり歌人でもある吉井勇氏が文楽に贈った言葉とされている。
「長生きしてこそ達する芸の高み」ということらしい。
この言葉は吉井氏のオリジナルとは思えないが、文楽を称賛した言葉であることは間違いない。だがどうしても「長生きすることしか芸がない」としか聞こえない。
この歳になって、「長生きは芸なのだ」と思う。
この長生きとは人の命のことではなく、商売を長く続けるとか、芸人がその人気を長く保つことの意味で書いている。
私は芸人ではないから長生きとは、サラリーマンや自営の職業が長続きしたかということになる。
私はサラリーマンでも自営でも長続きしなかった。長生きが芸だとすれば私には芸がなかったことになる。
長続きしなかったからダメな人間とは思いたくない。
長生きの芸とはなんなのか。
長生きということは、例えば商売のことであっても売り上げを何時も多く保つということではなく、「人間関係を保つこと」ということになる。
商売は商品や技術よりも結局は人間の感情の上に成り立っている。長生きの芸とは人間関係を保てるかということに尽きる。
しかし人間と関わるということは、相手の癖や不誠実、汚さ狡さというものが見えてくることでもある。
人間に対して嫌気がさしてしまうのである。「もうこの人と関わりたくない」という気持ちが、商売そのものを続ける意欲を失わせていく。
どういう仕事に身を置くかということが大事である。世の中イヤな人間ばかりではない。しかし人柄は職業によって左右される。人間をいい人間に育てる職業というものはほとんどない。
私は長続きしなかった。大学を出て好きな音楽関係の仕事を選んだが、将来にわたって食べていくのは無理と感じて不動産業界に転職した。
食べていくということでは間違った選択ではなかったが、不動産業界はいい人間が育つ社会ではない。とにかくひどい人間ばかりであった。私もこの業界に身を沈めたのだからいい人間ではない。
私が転職を繰り返し、自営となった不動産関連の仕事が長続きしなかったのは、人間に嫌気がさしたからである。極めて健康な感情だと思う。
人は多分みんな嫌気がさして生きている。その嫌気をどう処理するか。自分を殺してまで我慢するか、おべっか人間になるか。それとも切り上げるか。
私は人生を切り上げた。運のいい人生を歩いてきたと思う。
冒頭に書いた社長さんは、奥さんの親が残したアパートの賃料で長生きしているらしい。こういう長生きもある。


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