歩くために歩く

つぶやき

 きのうも歩くために車で出かけた。近所を歩けばいいのだが、杖をついて歩いているところを知り合いに見られたくない。

 だが知っている人が多くなったようで、いつまで見栄を張ってもしょうがない。

 歩くところを求めて車で移動する。放浪と言ってもいいかもしれない。

 「放浪の民」という合唱曲があった。たしかシューマンの曲。高校生の頃歌ったことがある。

 きのうは放浪の末「川越水上公園」にたどり着いた。

 池をめぐる木々が美しい公園だが、歩いていて気がついたことがある。広大な敷地の半分以上がプール施設なのである。

 夏は子供たちで賑わうようだが、シーズン以外は立ち入り禁止。1年の内10ヵ月は閉鎖である。なんともったいないことをしているのかと思う。

 歩いていて気がついたというのはこのことである。今まで何度も歩いているのに、プール施設がもったいないものであることに気がつかなかった。

 初めてこの公園に行ったのは、水上公園という名称に惹かれたからだが、期待したような水辺の公園というところではなかった。

 川越水上公園は1980年代の「レジャープール全盛期」に県によって作られたようで、大規模プール、ウォータースライダー、流れるプールなどが目玉の一大レジャー施設。

 レジャーブームに乗ったという事だから、当時としてはそれでいいとして、現代からすればレジャー施設であるよりも、文字通り水と緑にあふれる自然公園とした方がいい。

 市民からもいろいろ意見や苦情が寄せられているらしいが、施設の用途変更などということは地方行政の一番苦手とするところ。

 施設の老朽化も加速度的に進み、維持管理費も大きな負担になっているそうだが、現状維持のまま無策の状態を続けるしかないらしい。

 最近は近所の公園でも子供たちが遊んでいる姿を見かけない。
 まあとにかく公園には禁止事項が多い。何のための公園なのか。

 我が町は区画整理によってつくられた町で、当初より各区画ごとにそれなりの公園が作られたが、いずれも周囲は木を植えて、真ん中は細かい砂利が撒かれた広場になっている。

 なぜ芝生にしないのかと思ったら、芝生ではガラスの破片などの異物の発見が難しいという事がその理由らしい。

 公園利用者の安全が第一であるが、誰もいない公園を通るたびに、何のためにあの広い広場があるのかと思う。

 近所の公園にはウォーキングコースがあるような広い公園はない。足元がおぼつかない高齢者は、マットが敷き詰めてあるコースを歩くのが安全。

 今日も歩くために出かけることになる。

 放浪の民は流浪の民であった。

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