梅沢富美男さんは言うまでもなく大衆演劇の大スター。下町の玉三郎とも言われるらしい。
この人の女形の映像を初めて見たのはいつのことか覚えていないが、初めて見た時は少々びっくりした。
あのブ男(失礼)がこんないい女になる。舞台化粧というのはすごいもんだと思った。
だが品がない。“やはり”品がない、と言っているわけではない。ただ「品がない」のだ。
悪口のようになってしまうが、そうとられてもしょうがない。
ただこの稿は、梅沢さんの女形には品がないということを目的にしているものではない。梅沢富美男さんという大衆演劇の役者さんが、女形から脚光を浴びて現在も活躍していることを評価しているのである。
梅沢さんの女形を特別素晴らしいと評価するものでないなら、梅沢さんの何を評価するのか。評価というより同感と言ったほうがいいかもしれない。
以前何かで読んだことだが、梅沢さんがテレビのワイドショー番組にコメンテーターとしてテレビ局から依頼されたとき、「自分は中卒だからとてもそんな番組でしゃべることはできない」と断ったという話がある。
だがテレビ局はあきらめず、そういう梅沢さんだから出演してほしい、と口説いたらしい。
梅沢さんも、そんなことでいいというなら自分なりの言葉で出てみようと思い直して、出演することにしたと語っている。
何度かテレビで梅沢さんを拝見したことがあるが、その通りの発言をされている。ご自身が言うように梅沢さんの言葉には知識がない。それにボキャブラリーが乏しい。
感じるままストレートな発言をされているが、それを悪いと言っているわけではない。梅沢さんの言葉には多くの共感も寄せられているらしい。梅沢さんのコメントにいちゃもんをつける気は全くない。
今日保阪正康氏の高市早苗論というような文章を読んで、保守というものについて考えた。「保守政治の中に高市早苗はいない」と言う保阪氏の指摘に共感したのである。
保守とは何か。保守について書き始めたのだが、イヤになってしまった。私が書くべき文章ではない。
そんな時、梅沢富美男さんが頭に浮かんだのである。
実は私のブログは梅沢流なのである。私も梅沢さんと同じ中卒で社会に出た。系統立てて社会科学などを勉強したことはない。
梅沢富美男は下町の玉三郎である。だからエライとかエラクないとかということではない。
「下町の玉三郎」ということであって、「坂東玉三郎ではない」ということである。人生には歴然とそういうことがある。人生は自分なりに生きて行くしかない。



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