「鼻をつままれても分からない」という諺は、目の前で誰かに鼻をつままれても、その誰かがまったくわからないほどの暗闇、ということである。
今の若い人には分からないと思うが、私の世代でもこの言葉を実感したのは田舎に行ったときくらいである。都会で暮らしていると全くの暗闇というのは経験することがないと思う。
早朝のテレビニュースで、停電による真っ暗闇を体験するコーナーがあった。小学生くらいの子供2人がいる家族が体験者になっていた。
予想もしない、考えもしなかったようなことがいろいろ起きる。
月もなく星も見えない夜ならば本当に真っ暗闇で、もしスマホでも手元に持っていなければ、懐中電灯さえ探すことができない。
電気がつくことがあたり前と考えている生活に、真っ暗闇の停電が起きたら不便とか危険とか言うこと以上に、気持ちが耐えられないのではないかとテレビを見ていて空恐ろしくなった。
今日から11月。夜が長くなり、来年の4月頃まで寒い日が続くことになる。冬の夜長を楽しむということがあったが、高齢になると、とんでもない闇の世界に入っていくような気がする。
昨日どうやらスマホが壊れたようで、今日のウォーキングはスマホを持たないものとなった。
なんか頼りない。家内とは歩くペースが全く違うので、お互い自由行動。一応待ち合わせの時間は決めるが、なにかあったらラインで連絡ということになる。それができないということが少々不安になった。
なにが不安かと言っても、歩くコースは決まっているのだから、二度と会えなくなるなどということはありえないのだが、スマホを持たないということはそんな気持ちを起させる。
携帯電話というものはものすごい発明なのだなと思う。
娘にスマホの買い替えを頼んでいたら壊れていないという。
壊れたと思っていたら壊れていなかったという経験が何度かあるので、今回のトラブルも再起動とかいろいろ試してみたがダメだった。それなのに「壊れていない」。どういうことなのか。
スマホを開くときのパスワードが設定されていたらしい。だが私はそんな設定をした覚えはないし、今までパスワードを入れなければスマホを開けないということはなかった。
パソコンとかスマホというのはこういうことが多い。いったいこういうことはどういうことなのかと思う。
パソコンでは、一度電源プラグを抜いて何秒か後にまた差し込めばトラブルが解消するということがある。もちろん何度かやってトラブルが解消したことがある。
だが考えてみると、人間の知能を超えた機能を持つパソコンが、そんなことでトラブルを解消していいのかという気がする。
勝手に設定し、勝手にトラブルを解消する。こちらはイライラするだけである。


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