家内から、ピーチクパープルという人のブログを見ていますかと聞かれて見ていないと答えたが、家内が「とても気になるブログです」と言うので私も見ることにした。
滅多にブログサイトを見ることはないが、たしか以前もそうだったが広告の多さに驚いた。広告の中にブログがあるようだ。個人のブログになぜ広告があるのだろうか。
ピーチクパープルさんのブログには広告はなかった。昨年がんを発症されたと紹介文に書いてあったが、ブログを書き始められたのは2008年のことらしい。
平穏な日々の中でのがんの宣告。その生活の中で女性らしいきめ細やかな文章。感銘を受ける。
今日ときがわの豆腐屋へ。あさっての検査のために食べられるものが限られている。せめて好きな豆腐はたっぷり食べたい。
車の中で、子育てをしていた頃同じ年頃の子を持つ母親として知り合い、その後長くつき合っていた二人の人と、最近つき合いがないことについて家内と話すことになった。
傍から見ていて家内と何か特別なことがあったとは思えない。子育てが終わって、ほんの前まで3人で泊りがけの旅行をしたり、食べ歩きのようなことをしていた。
ただ二人の家庭の状況はごく普通の家庭というわけではない。今の時代子供の離婚は珍しいことではないし、結婚しないという娘も息子もいる。
だが、人並みとか世間並みにということからすれば、うまくいかなかった子育てということになってしまう。二人の家庭を詮索してブログのテーマにしようというのではない。
家内は、以前のように親しくつき合わなくなった理由はどこにもないと思うが、あの人達とのつき合いでは自分の良さを生かせない、というようなことを言う。
自分の良さを生かせないから自分から二人とのつき合いをやめたということではなく、つき合いをしていた頃、二人から受けた印象の感想ということであろう。
そのままその言葉を受けとめれば不遜な、相手に対して失礼な言葉であるが、だがなんとなくその意味が分かる。
家内が絵画教室に通うようになって20年くらいになる。そこで家内が知り合った人たちと私も言葉を交わすくらいの顔見知りになたが、とにかく優秀な人が多い。
高齢女性の暇つぶしであることもあるが、レベルがとんでもなく高い。英語だのフランス語だの喋れて当たり前。
とにかく知識が豊富。海外経験の長い人が何人もいる。事務能力がもとてつもなく速いらしい。つまりそこら辺のおばあさんたちではないのである。
人とのつき合いはどうあるべきかの正解はない。人とつき合わないのも間違いではない。寂しさを紛らわすために愚痴をこぼすのもいい。人から離れたくなる人間関係というのもある。
「自分の良さを生かせる人間関係」。自分の良さを認めさせる人関係ではないのがなかなかいい。
家内は絵画教室でいい人間関係を得たようだ。優秀な人の中で自分の良さを生かせるというのだから、大したものだと思う。妻を褒めているわけではない。
だが自分の良さを生かせる人間関係というのは男の社会にはないのではないか。人の良さを認めたがらないのが男の社会である。


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