童謡「ちいさい秋みつけた」の出だしを「ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋みつけた」と口ずさんでいた。
「だれかさんが だれかさんが、だれかさんがみつけた」が正解。
9月、残暑が厳しいと天気予報が言っている。「今年はどこでちいさい秋を見つけるでしょうか」とテレビのワイドショー。
この曲題の表記には、「小さい秋みつけた」「ちいさい秋見つけた」「小さい秋見つけた」といろいろあったそうだが、『サトウハチロー童謡集』での表記は「ちいさい秋みつけた」だそうである。
ひらがなの中に「秋」一文字がいい。
この歌を始めて聴いたのはボニージャックスのコーラスだったと思う。なんでも初めて耳にしたバージョンが一番いいが、確かにこの歌はコーラスに合う。
男性コーラスグループが活躍した時代があった。ムード歌謡コーラスというのもあったがそれとは違う。その違いは品ということだろうか。言い過ぎかもしれないが品のあるムードコーラスもあった。
ボニージャックスは早稲田のグリー。ダーク・ダックスは慶応ワグネルソサエティの出身。デューク・エイセツは大学とは関係無いらしい。
「大学を出てまで歌なんか歌うこともないだろうに」と母がよく言っていた。
ボニージャックスは「小さい秋見つけた」。ダーク・ダックスは「ロシア民謡」、デューク・エイセツは「京都大原三千院」
ダーク・ダックスの「銀色の道」はちょっと無理があったと思う。
「京都大原三千院」には恋に疲れた女がひとりで来るらしい。
若い頃行けばよかった。
残暑は厳しくても夜は秋。秋から冬には美しい童謡がたくさんある。
マンション住まいをして5年くらい経ったとき、子供たちを集めて音楽会をしたことがある。親の年齢が近いマンションであったから、子供たちも大体同じ年齢。小学1年生から4、5年生くらいの子が多かった。
子供たちに昔の童謡の美しさを心のどこかに持っていてほしいと思ったのである。同じマンションに音大出の奥さんが何人かいて手伝ってもらった。
練習のとき子供たちにたくさんのお土産を持たせた。練習に参加するようにお土産で釣ったのである。
その子供たちも40代から50代。自分の子供たちを見てもあまり心には残ってなさそう。「カラスなぜ泣くの カラスの勝手でしょう」という時代であった。
今の小学校の音楽の教科書には、「野菊」も「真っ赤な秋」も「冬の夜」も載っていないらしい。
小学校で教わらなければ一生覚えることもない。もったいないことである。
あの音楽会がどこか気持ちの隅に残っていてほしい。



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