いま午後1時を過ぎたが、我が町には思ったほど台風の影響が出ていない。大雨のレベル3という警報がテレビにあったが、そんなこともない。それほど大きな台風ではなかったのかもしれない。
菅原洋一さんの訃報が目に入る。悪性リンパ腫ということだが92歳。
私が30歳くらいの頃、新宿のクラブでお目にかかったことがある。菅原さんは43歳くらいということになる。静かに穏やかな酒を飲んでいた。
音大出の歌手だから歌はうまいということだが、「知りたくないの」はまだいいとして、「きょうでお別れは」はひどい歌だった。
菅原さんの歌が悪いということではなく、なかにし礼さんの作詞がひどい。この人は詩人ではないと思う。
歌は感情を込めて歌うべきか、ということを菅原さんの歌を聴くと考えさせられる。菅原さんはクラシック畑の出身だから「感情を込めて」と教わったかもしれない。でもちょっと思い入れが強すぎる。
東海林太郎さんや藤山一郎さんには、感情を込めて歌うという印象はない。東海林太郎さんがあの時代意図的に、「歌には感情を込めない」としていたら、東海林さんに対するに考えを替えなければいけない。
「歌手は自分の思いを歌に込めるべきではない。聴く人の自由にまかせるように歌うことが歌手のつとめ」
そういうことも言えるかもしれない。
こんな歳になってくどくどと考えることでもない。もうどうでもいいことであったが、つい音楽のことになると何か言いたくなる。
先日のリハビリクリニックの医者が言った「もう歳なんですよ」という言葉が魚の骨のように刺さっている。
思い出してみると70歳を過ぎたころから医者にかかることが多くなった。72歳で肝臓をやり、75歳でがん。うつもやった。その後整形外科の入院が続いた。
そういう歳になったから、そういう歳になれば発症する病気を、順繰りに経験していったということなのだろう。
以後、「病気を治す」という張り合いで生きてきたが、歩きにくいのも「もうすべて歳のせい」と言われると、気持ちの置きどころがない。がんの再発・転移の精神的ダメージは大きいというが、よく判る。
私の人生「もう修理できません」ということは一度もなかった。車はいつも新車。3年を超えて乗ったことはない。仕事も自ら切り開いてきた。それなのにもう修理はきかないとは、ひどい話ではないか。
きのう来た訪問マッサージ師が、「ご夫婦そろってまだまだお若いですよ」と言う。
彼が施術する相手は介護施設の老人がほとんどだという。そういう人たちに目が慣れていればそういうことになる。ちっともうれしい話ではない。
今2時近い。雨が止んだら焼き鳥を買いに行って一杯やって、台風一過に安心したい。大きな被害を受けたところの人には申し訳ない。


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