児童が遺体で見つかった京都の事件に関して、京都府警南丹署の捜査1課長が記者会見を行ったが、「発言を差し控える」という言葉がやけに目立った。
どうもこの言葉に違和感を感じてしょうがない。
いつごろからか分からないが、国会でもどこかの知事の会見でもテレビ局のスキャンダルの会見でも、「発言を差し控える」と言ってまともに答えようとしないシーンが多い。
今回の京都府警の会見も、今後の捜査に影響があるから、ということなのだろうが、犯人はすでに逮捕済み。証拠隠滅など、今後の捜査に影響があることなど考えられない。
せっかく記者会見をしたなら説明すればいいじゃないかと思うが、なんでもかんでも「発言を差し控える」。そうならなら記者会見などしなければいい。
ま、警察のことなどどうでもいいが、この言葉に違和感を持つというのは、言葉の使い方が間違っているのではないかということである。
「発言を差し控える」という言葉は、本来自分が言う言葉ではなく、相手が言う言葉なのではないか。そんな気がする。
「発言は差し控えてください」「その行為は差し控えられたい」「無礼である、差し控えろ」
調べてみると、やはりこの言葉を自分から口にすることは間違っているらしい。
本人が言う言葉ではなく、相手が「差し控えろ」と命令的に言うのが本来の言い方で、「差し」という言葉には上下関係というものがあるようだ。
しかし現代の一般的表現では、「自分が差し控える」が定着してしまった。
役所・政治家・企業の会見では、「個別の案件については回答を差し控えます」「詳細の説明は差し控えさせていただきます」という言い方が普通になっている。
そうなった理由に特別なものがあるわけではない。「差し控えさせていただきます」という言葉の丁寧さから、へりくだりを装って都合の悪いことには答えない、というだけことである。
あの警察官、エラそうに「その説明は差し控えさせていただきます」と言っていた。
警察官が偉そうに差し控えてはダメである。
今日は長野で震度5。今晩大地震が来ませんように。


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