母は出かけたりするとき「うまい格好して」という言い方をよくした。
ただの謙遜ではなく、自分の身なりの貧しさを先に言ってしまうことで、他人の目から自分を守ろうということなのだろう。
この言葉は母の言葉として子供の気持にも残った。何かを感じさせるものであったからである。
家の中ではつぎはぎだらけの着物でも、食事はどんなに粗末なものでも、外へ出るときはきちんとした格好をする。
我が家がそうだったということではない。貧しくとも母のお陰で私たち兄弟は、普通の格好をしておいしいものを腹一杯食べていた。
これは江戸時代の頃から日本の社会で広く言われたことらしい。「外の目を意識する社会」「衣服が信用そのものだった時代」
兄が40過ぎて40近い女性と結婚したが、その女性は結婚間もなく舌癌を発症してしまった。
放射線による治療を行ったが、顔中照射マークだらけの顔になって病院に通うことになり、母はそれをみっともないと言ってとてもイヤがった。
お嫁さんに対する思いやりなどは全くなく、ただただ「近所の人にみっともない」ということだけだった。
そんなに近所の人の目を気にするような家柄でもなんでもないのに、なんでそこまでイヤがるのかと不思議な思ったものである。
母の郷里の母の兄はなにより気の小さい人と言われた人で、バスや汽車に乗ることが怖いらしく、生涯村から出たことはなかったらしい。
私が初めて母の郷里に1週間遊びに行ったとき、声をかけてくれることもなかったのに、私が帰る時そばに寄ってきて、「学生運動だけはしないでくれ」と言ったものだった。以前もそんなことをブログに書いた。
私はまだ高校1年生。それも昼間は印刷職工、夜は学校という生活。学生運動など知る由もない。
母の言葉と叔父の言葉の出所は一緒。田舎の生活、なにより人の噂を怖れたようだ。
当時学生運動が過激であった。田舎では学生運動は単なるデモということではなく、昔で言う共産党アカというような印象で、田舎の人は震え上がったようだ。
たとえ遠い親戚であっても何かあったら警察が踏み込んでくると思っていたらしい。
田舎は5人組の社会。密告の社会であった。母も叔父も怖い話をなんども聞いて育ったのであろう。
「外ではきちんと」文化は結構根深いものがあった。



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