久しぶりの熊本の殿様

つぶやき

 久しぶりに細川元首相の姿をテレビで拝見した。87歳になられる。

 1994年2月に行われた、北朝鮮不測事態想定に関しての日米首脳会談の文書が公開されたことから、その内容についてインタビューを受けたらしい。

 詳しいことは知らないが、要はあの時代、北朝鮮の暴発をアメリカは予想し、それに対応するため、日本に覚悟を求めたということのようだ。

 トランプはアメリカには日本を守る義務はないと言っているが、クリントンの時代からアメリカは日本を守る気はなかったいうことになる。

 もはや日本は核に囲まれ、世界で最も危険な国になっている。非核三原則というのはなんのため、誰のためにあるのか。アメリカは核の傘に日本を入れないと言っているのだから、日本はまるっきり丸裸である。それなのに日本はのどかである。

 チェ・ゲバラが来日し、「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻む広島原爆慰霊碑を見て、「誰が過ちを繰り返さないと言っているのか。君たち日本人は、米国にこれほど残虐な目にあわされて腹が立たないのか」と怒ったらしい。ゲバラの言うとおりである。

 核のことを書きたいのではなかった。細川元首相のことであるが、残念なことといいことがある。

 日本新党党首として華々しく登場し、国民の期待を一身に集め、内閣総理大臣になったが、8か月の短命で細川内閣は終わってしまった。

 その原因には. 連立内閣であるがための政権基盤のぜい弱さがあるが、本人のスキャンダルもあった。結果として求心力を失い、細川氏はやる気を失い、内閣退陣の4年後には政界を引退してしまった。

 所詮殿様の道楽という世間の批判を受けることになる。たしかにどう贔屓目に見ても、お殿様の一時のお遊びである。本人も、そう言われてもしょうがない、と語ったそうである。

 だが細川氏には細川氏でなければできなかった政治的功績がある。
 細川内閣は、自民党を38年ぶりに政権から引きずり下ろし、55年体制の終焉を実現させた内閣である。

 短命内閣ではあったが、殿様であったからできたことである。時代の転換点にはスターが必要。細川氏はあのとき大スターであった。現在は陶芸家、美術家として活躍されているらしい。

 結果として政治はまた自民党の手に戻ってしまった。

 「打算や権力への執着を結束力に変えている自民党」
 「理想に軸足を置く野党は結束が難しい」
 「金ではまとまるが議論ではまとまらない」

 細川氏の登場の素晴らしさは、理想に軸足を置いて結束を実現できるのではないかと人々に期待を持たせたことにある。

 それを実現できなかったのは、あとに続いたあの人たちである。
 今でもたいしたこともせず、政治屋をやっている。

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