このところ皇室典範改正のことについて何度も書いているが、皇位継承の行く末に特に関心があるということではない。
政治において、天皇は男系でありさえすれば誰でもいい、ということを高市首相はあまりに露骨に表してしまった。
天皇は国民統合の象徴ではなく、国民を統合させるための装置、日本は神国であるという作り話の裏付けとしての意味しかない、と国民がすでに分かっていることをはっきりさせてしまった。
政治がここまで天皇の権威をないがしろにしているということは、日本という国は一体どういう国なのかと思う。茶番国家ではないか。
寝る前のブログである。穏やかにペンを進めたい。
吉永小百合さんは私と2つ違い。今年81歳になる。
突然吉永さんの名を出したが、寝しなの話としては穏やかでとてもいい。
中学生の頃、「吉永小百合という子がものすごくいいんだ」という話を、そういう話しかできないニキビ面の男子生徒から聞いたことがある。
私は彼女の映画を見たことがないが、「キューポラのある街」や「いつでも夢を」のヒットで、吉永さんはその後ずっとあの時代と一緒にいた人という印象がある。
吉永さんのことでは、父親が外交官で裕福な家庭に育ったが、父親の反対を押し切って芸能界に進んだことから親子の関係が断絶してしまった、という話を今の今まで信じていた。
彼女の美貌と品の良さは、日活の若手女優の中だけでなく、当時の全部の女優の中でもひときわ抜きんでていたと思う。良家の子女という印象しかなかった。
しかし事実はそうではなく、父親の事業の失敗などから家庭はかなり困窮して、吉永さんは高校を中退して働かなければならなかったらしい。
吉永さんは確か都立駒場高校だったと思うが、そこを卒業することなく、早稲田大学の入学資格検定を受けて二文に合格し卒業している。
吉永さんを寝る前の題材にしたのは「国民的女優なのに代表作が浮かばない…吉永小百合がそれでも愛され続けるワケ」という記事からである。
実はこの記事を最後まで読んでいない。いや読んだのだが途中からわけがわからなくなってしまって内容を把握していない。
吉永小百合さんが私の世代いつもそばにいたのは確か。だけどなんと言ったらいいのか、ぐっと迫ってくるものは無かったような気がする。
吉永さんに対する悪口は全くと言っていいほど聞かない。でも「国民的女優なのに代表作が浮かばない」というのは悪口と言える。でも「それでも愛され続ける」
そういう人だったなと思う。明日あの記事を最後までちゃんと読んでみようと思う。


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