まだ25、6才の頃であるが、向島の料亭街で不動産屋から接待を受けたことがある。「一見さんお断り」の、向島ではかなり格式の高い店であったらしい。
そんな若造がどうしてそんな店で接待を受けたのかというと、私は当時建築会社に勤めていて、事業用地の仕入れの部署にいた。接待した不動産屋もまだ若く、人を見る目もなかったようで、私を過大評価したらしい。
料亭で芸者さんが何人もそばにいて、三味線・太鼓・踊りという座敷は、人生最初にして最後のことであった。
当時安サラリーマン。夏の盛り、汗ばんだ一張羅のスーツを着ていた。芸者さんたちもたいした客ではないと思っていたはずである。
宴会の途中で小柄な老人が座敷に現れた。聞くところによれば、正月には首相官邸にも呼ばれるような、当時日本でただ一人の幇間と言われた著名な人であった。
不動産屋もよっぽどの散財をしたことになる。幇間まで呼ぶとなると、ちょっとした金額では収まらないはずである。
この不動産屋は大変な力のある業者なのか、と思ったが、これもあとで聞くと三味線を弾いていたのは母親で、幇間は父親であった。ただし母親は本妻ではないそうだ。
幇間は屏風を仕切って、男と女を一人で演ずる艶っぽい芸などを披露した。
ひと通り芸が終わり、私に酒を注ぎ、話し始めた。
記憶にある話が一つだけある。「運という字は軍を進めると書きまっしゃろ」、「運は待っていて来るようなものではござんせん」などとのたまう。
その後の私の人生。この幇間の言葉を噛みしめる、というようなことはない。教えられなくたって運は自ら切り開くものである。
いい学校を出て、いい会社に勤めることを人生の標準仕様というのであれば、標準仕様に入らない者は標準外仕様として、なにか商売でも始めなければまともな生活をすることができない。
標準仕様には運は要らないと思うが、標準仕様外の人生には運は必要である。
このところ、5億円くらいの金を持って歳をとったらどんなにいいだろうかと思う。
「使い切れないお金を持ってもしょうがない」、と妻は言うが、使い切れないお金を持ってみたかった。
私の周りには使い切れない金を持っている人がなん人もいる。皆さん標準仕様の方たちではない。ほとんどの人が低学歴、会社勤めの経験はないが、標準仕様にはない運を手にした人たちである。
標準仕様ではないのに運が無かったらどうしたらいいのか。
5億円持って歳をとったらどんなに楽しいだろうか。そんなことを考える1月最終日である。
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