不動産屋とブラームス

つぶやき

 予備校の生徒が、「東大出ていないのに俺に教える資格あるんですか。俺、東大志望者ですよ」と講師に詰め寄ったという話がある。

 間違った抗議ではない。東大を出ているような能力がなければ東大志望者を教えることはできないという理屈は通る。


 しかしこの話は美談として終わっている。講師は東大出ではないが、「担当する科目については誰にも負けない」という講師の話が事実であったから、生徒が納得したのである。


 人は人の値踏みをするものである。どうしてそうなのかと考えたところでしょうがない。人間が生きていく中でそういうことになる。

 人生値踏みをする人間になるか、値踏みされる人間になるか。

 値踏みされない人生というものもあるが、山奥で暮らすか、潤沢な貯金で老後を暮らすかということになる。いずれも簡単にできることではない。

 私も人を値踏みしたことが何度もある。
女好きで頭もいいとは思えない不動産屋の社員が、ブラームスのピアノコンチェルトについて語るのには驚いた。

 間違った事を言っていない。
 「どうして、こんな男がこんなことを判るのか。こんな男がクラシック音楽を判るはずはない」

 以来クラシック音楽は大したものではないと思うようになった。10年近い年月が経ったが、いまだに人間に対する偏見の気持ちは
変わらない。
 あんな男にブラームスが判っては世の中は闇だ。

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