人が「生きづらい」と口にするようになり、社会がそういう人の存在をわずかとはいえ同感をもって認めるようになったのはいつの頃からか。
鶴見済(つるみ わたる)という人を新聞の特集記事で知ることになった。文筆家とある。1993年に出版した『完全自殺マニュアル』という本はベストセラーになったそうである。
1964年生まれの62歳。東京大学文学部を卒業して大手電機メーカーなどに就職するが、高校時代からの対人恐怖症で人にも仕事に馴染めず、20代からフリーランスとして生きてきた。
一貫して、現代日本社会における「生きづらさ」「どうすれば楽に生きられるのか」という問題にこだわっている人だそうである。
新聞の大見出しは、《「目指すもの」などなくていい》
生きづらさは現代に特有のものではないと思うが、「生きづらさ」という言葉が生きづらいことを表す言葉として使われるようになったのはそんな昔のことではない。
昔から生きづらさのようなものを感じていた人はいたはずだが、それが「生きづらさ」からきているものであることに気がつかなかった、ということが言えるかもしれない。
生きづらさといえば太宰治を思い浮かべるが、彼の小説に、「苦しい」「他人がこわい」「世間と折り合えない」という言葉はあっても、「生きづらい」という言葉は使っていないようだ。
鶴見氏は生きづらさの原因に昭和の常套句を挙げる。
「生きることは素晴らしい。だからとにかく頑張れ」「勝つか負けるかそれは判らないが、全力で戦え-」「命は大切さだ。強く生きろ」「人間関係は大切だ。いい友人を持つことは一生の宝」
昭和の時代は病んでいたのではないか。親に殴られ、根性主義の部活でコーチにしごかれ、会社でも上司に叱咤される。
生きることは素晴らしいという礼賛はやめたほうがいい。人間関係にこだわる必要はない。人生頑張らなくてもいい。そう考えただけでも人は楽に生きていけるのではないか、と鶴見氏は言う。
鶴見氏の主張が分からないということではない。確かに、そんなに根拠が明白ではないのに強い口調で、「生きることは素晴らしい」「とにかく頑張れ」「強く生きろ」「人間関係は大切だ」と言い聞かされてきた。
だがちょっと同調しきれないことがある。それはどこからきているのか。
気がつくのは鶴見氏との歳の違い。私と17歳年が違う。私が37歳の時に鶴見氏は20歳だった。
私の世代は親の貧しさをひきずる世代でもあった。学歴もなく親に頼ることもできず、卓越した能力もなければどうやって生きていくのか。
「生きることは素晴らしい」などという言葉に影響を受けたことはないが、とにかく無意識にせよ頑張らなければならなかった。
生きづらさを感じることもなく頑張れた身の幸運に感謝すべきかもしれないが、生きづらさを主張する人にはどうしても甘えを感じてしまう。
今の時代、生きづらさを本にすることで生きていける。なんといい時代ではないかと思う。


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