「高原の旅愁」という歌を初めて聴いた時、あのメロディラインに惹き込まれてしまった。なんと自然で美しい歌だろうか。
歌っていたのは伊藤久男さん。NHKの懐メロ番組で聴いたが、いつのことだったかはっきり覚えていない。そんなに昔のことではないなと思っていた。
伊藤久男さんは昭和58年に72歳で亡くなっている。ウィキペディアによると伊藤さんは亡くなる2、3年前から死因となる肺水腫を発症していた。
昭和57年に、日本レコード大賞特別賞を受賞するが、この時には病状が進み歩くこともできなくなっていて、自宅で座ったままで受賞を受ける姿が中継によって放送されたとある。
ということは、私が見た懐メロ番組に出演した時の伊藤さんは、高齢ではあったが元気そうだったから、病気を発症される前の昭和55年前後ではないかと思われる。
そうであれば私は30代の前半。50年近くも前のことになる。記憶というのは不確かなものである。
この歌は昭和15年に発表されたそうだが、この時代にこれほどの歌があったとは驚きであった。だがそう思うと、昭和15年という時代の何を私は知っているのかと思った。
作詞は関沢潤一郎、作曲は八洲秀章。作詞家の名前は初めて聞く名だが、作曲者には見覚えがある。調べてみると「さくら貝の歌」「あざみの歌」「山のけむり」を作曲した人だった。
NHKの懐メロ番組にこの歌をリクエストしていた女性が会場にいて、この曲をリクエストした理由を尋ねられて答えていたが、詳しい内容をこれもまた覚えていない。
たしか、遠く長く離れていた故郷に戻ったが、探し訪ねた人の陰はどこにもなかったという、この歌の詞にある話と同じよう内容だったと思う。満州からの引揚の話だったのかもしれない。
その女性は伊藤久男が歌い始めると同時にハンカチを顔に当て、思い出を確かめるように泣き続けていた。
NHK的だなと思ったが、歌の情感と、この女性の心情に心が奪われ、私も泣いてしまった。
今日あらためてこの歌の良さを知った。ネットで番組のことなど調べていて、ユーチューブにあった「高原の旅愁」を聴いたのである。
だが伊藤久男さんの声ではない。難聴が進んでいるので聴き分けができないのか思ったが、どう聴いても伊藤久男さんの声ではない。いろんな人がこの歌をカバーしているらしい。
実に甘く、語りかけるようなテノール。聴き慣れた歌を別の歌手で聴いてこれほどいいなと思ったことはない。
誰なのか。霧島昇でも三橋美智也でもない。これほどの情感をもってさりげなく歌う歌手がいたのか。
むかしの夢の なつかしく
訪ね来たりし 信濃路の
山よ小川よ また森よ
姿むかしの ままなれど
なぜに彼の君 影もなし
信濃路は堪えがたいほどの思い出を人に残すところである。


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