中学3年生の時に創価学会の「国士10万の集い」というのがあって、母の頼みで参加した。
会場はその3年後に、東京オリンピックの開会式の会場となった千駄ヶ谷国立競技場。
この競技場の収容人数は5万数千となっているが、10万人が集まったことになっている。
池田会長とか宗派の偉いお坊さんが出席していたことが記憶にある。
5万人にしか入らないところに10万人を入れたというのだから、どんなことになったかは、参加した者にしか分からない。
要は通路までびっしり人がいた。創価学会はすごいとか、よく10万も集まったということではなく、トイレに行けないということである。
時は確か秋。小便がたまりやすい季節である。しかし開会から終わりまでトイレに行くことができなかった。
見張りがいてトイレに行かせなかった。「信心していれば我慢できる」
国士10万は、創価学会二代会長戸田城聖の遺言だそうであ。「国に十万の国士あらば、苦悩の民衆を救いうること、火を見るよりも明らかである」
民衆を救うどころか参加者の尿意を救うことができなかった。創価学会が衰退するのも当然のことである。
連休も終盤。高速道路は上りが混雑だが、そのためトイレに困る人が続出というニュースを見る。
若い人はこらえることができる。高齢者はこらえることができない。
なんでもかんでも閉まりが悪くなった。それに不思議なことに尿意を意識すると尿意をもよおす。それもだんだん強くなる。
大の方もそうだが、それはあまりに露骨なので小だけにしておく。
ずいぶん前のことだが、義父が私の新車で漏らしてしまったことがあった。義父は70代の半ばを過ぎていた頃だろうか。
そういうことになるという事が当時の私には判らなかった。
義父は何も言わなかったが、それまで見せたことがないような表情をしていた。
美味しいものを食べて、イヤなものを出すのが人生であった。
今晩も地震が来ませんように。


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