不動産の登記に「権利証」という書類は存在しない。なぜか。登記は権利の証明制度ではないからである。
「そんなことはない、ちゃんと『権利証』を受け取りましたよ」ということになるが、それは「登記済証」のことで権利証ではない。それだけ誤解が定着している。
「登記済証」の「済」と「証」の字の間に「権利」という字を入れて、「登記済権利証」としたもの。
登記手続きが終わって登記所が発行するものは「登記済証」だけで「権利証」というものはない。登記は権利の証明制度ではないから権利証なるものは発行しようがない。
「登記済証」は文字通り、登記手続きが済んだということを証しているだけのこと。
では権利を証明するものではない「登記済証」を、なぜ登記所は発行するのか。
登記は新たに登記名義人になる者と、現在登記名義人である者が共同して申請することになっている。
登記手続きにおいても大切なことは本人確認である。間違った登記をしては登記所の権威に関わる。
登記申請おける本人確認は、現在の登記名義人を確認することが重要となる。本人が知らないうちに名義が他人のものになっては一大事だからである。
新たに登記名義人になる者は特に確認することはない。実在することさえ確認できればいい。
ところが現在の登記名義人を確認することが難しい。登記には住所と氏名しか記載されないから、登記名義人が登記所に現れて自分が名義人だと言っても登記所は確認しようがない。印鑑証明書を提出しても決め手にはならない。
住所と氏名が合っていればそれでいいとしては、なにすましなどによって違法にな登記がされてしまう可能性がある。
そのため登記所は、登記名義人が登記を受けた時に「登記済証」を交付することにした。それには何も書いていない。ただ「登記済」という登記所の判が押されているだけである。
ただこの書類は本人にしか渡さないことになっている。だからこの書類を持っている者は登記を受けた本人であろうということになる。
登記名義人として名義を他人に移すという申請時に、この書類を提出した者は、「本人しか持っていないものを持っているのは本人だ」という理屈で、登記所は本人確認をしたことになる。
要は登記所の本人確認作業の軽便化を図ったもので、それだけのことしかない。
登記した人たちは、登記所のための本人確認の書類を権利証と誤解させられて、後生大事に保管しているというのが権利証である。
ではなぜそんなことをしたのか。
登記は公示制度であって権利の証明制度ではない。それを国民が理解することは難しい。高い登録免許税を払ったのに国が権利者であることを証明も保証もしてくれないというならなんのために登記をするのか。
「権利証」と言うのは勝手に権利証にしてしまったということである。
では誰がそんなことをしたのか。
司法書士と言われている。権利証でなければ報酬をもらいにくいということが理由とされている。それによって国民は、登記を権利証明制度と誤解したままになっている。
では登記には「所有者誰それ」と記載されているが、所有者として証明していないのなら登記の記載は何を意味しているのか。
この不動産に登記をしてくれという人が現れて、所定の証明書類を持ってきたから登記しただけのこと、ということを意味しているのである。その人が真実所有者であるかは登記所として関与するところではない。
そういうことであるからこんな書類はなくしたってどうにでもなるのである。別の方法で本人確認をするだけのことである。
ただ登記済証による本人確認は、登記所にとって簡単で便利だということである。



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