家内が絵画教室に行き始めて20年くらい経つだろうか。絵を見ることは好きだったようだが、絵画教室に習いに行ってまで描きたいと思っていたとは知らなかった。
家内の行く教室は初心者が絵を習うというところではないらしい。昔学校で絵の先生をしていた人とか、市のなんとか展に何度も入賞している人とか、かなり上級の人たちの集まりのようだ。
もともと大手スーパーのカルチャー教室のひとつであったが、そのスーパーが10数年前に閉店してしまい、教室の先生とともに絵を続けたいと望んだ人達が、近所のお茶屋の2階を借りて続けることにしたらしい。
その先生は3年ほど前、がんで亡くなられてしまった。まだ60代の半ばであった。解散の話が出たのかどうかは知らないが、その後その先生の学生時代の後輩の人が後を継いでくれることになったらしい。
皆さん優秀で熱心な人ばかりのようだが、教室での友達とのつき合いが楽しみのようでもある。私も家内を車で送っていくうちに、家内の友達と顔見知りになってしまった。友達がいない身として数少ない他人との会話の機会である。
近所に40年来の、文字通り近所付き合いの友達が家内には何人もいるが、時と共に身を置く環境というものも変わってきて、時間の経過が互いの居心地を悪くするということもあるかもしれない。
単につき合いということではなく、絵とか何かを介しての関係の方が気持ちの負担もなく長く続くものである。
その家内の絵の会。高齢者の会でもある。発足して30年にもなるというのだから40才の人は70才、50才の人は80才ということになる。
この春97才の方が亡くなり、膵がん、悪性リンパ腫、肺がんと病を発症する人が多くなった。昨日は82才の家内と親しい人が脳梗塞で倒れたとお孫さんから一斉メールが入った。認知症から来なくなった人が何人もいるらしい。
絵画教室風前の灯である。
音楽では食べていけない、絵では食べていけないという話が昔からあるが実際はどうなのか。
なんとなく音楽よりも絵の方が食べていけないような気がする。音楽の場合は結構せこく稼ぐ人が多いが、絵はどうも働き場所がないようだ。
亡くなられた教室の先生は芸大を出た人であるが、そんなに裕福ではない。素晴らしい絵を描く人だそうだが、そういう人は世の中に五万といるらしい。
その先生の後を継いだ先生も芸大出身で、この先生も素晴らしい絵を描くそうだが公団暮らし。裕福そうではないらしい。
芸大美術科と言えば入りたくても入れるところではない。天賦の才を持った人たちがあまり恵まれた生活をしていない。芸術では食べていけないのではなく、芸術は人間を豊かにするものなのだから、食べていける社会でなければおかしい。



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