埼玉県に住んでいるが、この県のことを「彩の国(さいのくに)」ということになっている。正式には「彩の国さいたま」だそうである。
どうしてそういうことになったのか。想像した通り「ダ埼玉」と言われる埼玉県のイメージアップを推進するためである
1992年(平成4年)11月14日の埼玉県民の日に、公募により選定されたことになっている。
《「彩」は、埼玉の多彩な魅力や大きな発展の可能性を表している。「彩の国」という愛称を用いることによって、埼玉県に対する親しみや愛着を高めることができる》と県のお役人は考えたらしい。
言うまでのことでもないが、「ダ埼玉」とは、「ダサい」と「埼玉県」を掛け合わせた造語である。埼玉県を「野暮ったい」「垢抜けない」と見做して揶揄することを目的とした言葉である。
こんな言葉を誰か言い出したヤツがいるのか、と思ったらいた。タモリだそうである。彼が司会をしていたテレビ番組「笑っていいとも!」で言い出したことがきっかけで1984年の流行語となった。
タモリは今でこそ「新しい戦前の始まり」などと判ったようなようなことを口にするようになったが、芸能界デビュー当時のタモリは、攻撃的な言動をその芸風としていた。
タモリの芸風と書いたが、タモリにどんな芸があったのだろうかという疑問もある。彼は芸人だったのだろうか。知っている芸は「四ヵ国語麻雀」ぐらいである。帰属不明の人間を時代が重宝したということではないか。
タモリのことはどうでもいいことである。彩の国のことであった。
埼玉県が関与する数多くのイベントで半ば定冠詞のように多用されているが、歴史的必然性のない一部の文字を語呂合わせにした造語であるため、「彩」の字をつけたこのネーミングは県内外に浸透することはなく、最近では地方競馬の浦和記念のように「彩の国」を外す動きが多い。
私が言うのではない。こういう指摘がネットでされている。その通りだと思う。彩の国と銘打って、県庁の役人が一人悦にいっているだけのことである。やはりダサいところなのである。
しかし我が町は「彩」だらけである。「彩の国芸術劇場」「彩の森公園」「彩の国病院」「彩の国自動車教習所」「彩の国最中」キリがない。
家内の病に適切な診断をしなかったクリニックに3週間ほど前手紙を送ったが、今だ何の返事もない。
答えようがないのかもしれないし、答える気が無いのかもしれない。
これからこのクリニックを「災のクリニック」と呼ぶことにした。
意味のない語呂合わせのようなネーミングは、人の気持ちを弛緩させるものである。
医者は彩ではなく、細にわたって患者を診るべきである。



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