夜間高校のとき体育の教師が、「人間は同じ姿勢を長く続けることができない。それを理論化したのが体育だ」ということを授業で話したことがある。教師としていい人とは思わなかったが、なるほどと感心した。
ネットには、「老後3000万円(5000万でも1億でもいいのだが)の貯えと、年金25万(30万でも40万でもいいのだが)の夫婦を襲った破綻の悲劇」というような記事がとても多い。
内容は投資話に騙されたとか、趣味や旅行に使いすぎたとか、当事者の方には申し訳ないが、悲劇と言うより喜劇というような話ばかりである。
「働かなくても年金が入ってくる。退職金も含めて何千万円ある」というのは、人生初めての経験という人がほとんどのはず。要は持ちつけない大金を初めて手にするのが老後ということである。
人生若い時と老後の2回、持ちつけない大金を持つことができれば、2回目の老後ではお金で失敗しない。普通は1回だけだから失敗する人が多い。まとまった金額が減るとは思わないからである。
〈貯金4,000万円・年金27万円〉“老後不安ゼロ”のはずが…旅行三昧だった60代夫婦が抱えた〈孤独と不信〉の正体
こんな見出しがネットにある。また同じような話だろうと思ったが、読んでみるといつものとはちょっと違う。海外旅行などで知らないうちに貯えを使いすぎてしまった、という話ではない。
「今さら、どこに行っても感動が薄いんです。絶景を見ても、美味しいものを食べても、ふーん、またかって。お互いに言葉も少なくなりました」
「このままずっと旅行三昧でいいじゃないかと思っていました。実際、最初の2〜3年は楽しかった。でも、それがいつの間にか義務みたいになっていたんです」
老後資金も潤沢にあって、夫婦で旅行して、おいしいものを食べて、それでも心が満たされない。「このままだと人生が“通帳の残高”と“旅の記録”だけで終わってしまうような気がする」
この話の夫は、60歳で定年退職した地方公務員という設定。
要は飽きてしまったということである。結局充実した老後の人生は、人との語らいとか、趣味を通じての人間関係にある、ということに思い至る。
しかしこういう人は人との語らいや、人間関係というものにも飽きてしまう人である。人間関係を高めることができないのではないだろうか。
妻との旅行や語らいに何も感じるものがなくなってしまったというのは、そもそも人生のモチーフを持っていなかったということである。
地方公務員という職業を選んだということはそういうことではないだろうか。
心を満たしたい。そんなうまい話が老後にあるとは思えない。



コメント