夫婦別姓は新鮮

つぶやき

 今年も残りわずかと昨日から書いているが、今年を振り返るならなにより家内の入院手術と孫たちの大学入学をあげるべきであったが、過ぎてしまえば思い出である。

 今年は後々語り継がれるであろう人がなん人も亡くなっている。亡くなってしまうとそれですべてが止終わってしまう。

 若い頃を思い出す女性歌手が亡くなったが、あの時代がとっくに終わっていることを知らされただけであった。

 我が家の前を毎日のように歩いていた人も今年何人も亡くなった。それで何か変わったことが起きたかと言えばそういうことはなく、ただ毎年のように歳が暮れるだけである。

 家内の肺がん。「心臓に異常があり手術できないかもしれない」と医者に言われた時が、我々夫婦のパニックのピークだった。

 検査の結果、心臓の異状は一過性のものではないかということになり、今度はあれよあれよという間に手術の準備。

 胸腔鏡手術の危険さがネットに載る。あくまで担当医の熟練さがモノを言う。   

 手術が終わり集中治療室に入る家内を見た時、思い余って泣けてきたが、その日にトイレで便をしたという話を聞いて、そんなに心配することもなかったと思った。

 今回の家内の肺がんは国立病院の医者が、「経過観察しているような状態ではない」という診断から手術になったが、近所のかかりつけのボンクラ医者は「全然問題ない。95%がんではない。来年までほっておいてもいい」という無責任な診断。他の医者にかかることで家内は命拾いをした。

 家内ががんの告知や疑いをかけられたのはこれで2回目。1回目は15年ほど前。「疑いあり」ということであったが、病名は尿管がん。知り合いの医者に聞くと「尿管がんなら一発でアウト」という話。

 この時人生初めて家内のいない生活というものを思った。私は一人では生きていけない。

 半年近い検査を経てがんでないことが判明。「コンニャロー訴えてやる」と思ったが、こんなしんき臭いとこからおさらばすることがなにより大事。

 しかしその10年後、今度は私がこの病院で手術をすることになった。
 我が町には医学専門の大学がない。野戦病院の医者養成所である。

 家内のがんも経過はいいらしい。家内のいない生活を経験しないで済んいる。何よりもありがたい。

 たまに家内を旧姓で呼ぶことがある。これがなかなかいい。結婚前つき合っていた時代のことを思い出すのである。
 
 新鮮でなくなっているご夫婦は一度やってみるといい。若い頃の女房を思い出すということは自分も若返る。

 高市女史は反対だが、夫婦別姓というのは彼女が思っているほど悪いものではない。

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