心から同情する犯罪がある

つぶやき

 山上被告や妹さんの証言を聞くと山上被告に同情する。

 山上被告の、「学校に行けなかった」「家庭が崩壊した」という供述から、底の浅い復讐殺人かと思ったが、そんな生やさしいことではなかったことを知った。安倍さんの死も、「とんだとばっちり」ではない。

 山上被告の言葉を耳にすると、彼の行為を正当化することはできないまでも、その動機に「同情」を覚える人は少なくないだろう、という書き方がノーマルかもしれないが、それでは何の意味も主張もない文章になってしまう。彼の言葉には真実の重みがある。

 山上被告は安倍元首相のビデオメッセージを見た感想を、「絶望と危機感かと思います」と述べている。

 この言葉がすべてである。安倍元総理に「怒り、憤りを感じました」とは言っていない。これはすごいことである。この言葉に彼の苦しみの本質と深さを感じ取らなければいけないのだ。

 安倍元総理のビデオメッセージを見た。旧統一教会の関連団体であるUPF(天宙平和連合)の「希望前進大会」開催に寄せたメッセージ。なんといういいかげんな団体名と会議名かと思う。

 「UPFの平和ビジョンにおいて家庭の価値を強調する点を高く評価いたします。韓鶴子総裁に敬意を表します」と安倍氏はあいさつ。

 旧統一教会が、かつて霊感商法で問題を起こした経緯を安倍さんは知らないとでも言うのか。知っているではないか。それなのになぜ敬意を表するのか。「家庭の価値」山上被告の家庭を壊したのは統一教会ではないか。

 母親の過激な献金が事件の動機とされているが、「一国の総理にもなるような人が、なぜ韓国発祥の宗教団体にこれほどまでの 支援を与えるのか」。これこそが事件の核心である。このことがうやむやになっている。

 政治家が票や資金を求めて宗教団体と結びつくことは、戦後日本政治の常態であった。だが、統一教会のように国外にルーツを持ち、信者の生活を破壊するほどの献金を要求する団体に対して、国家の最高権力者が積極的に関与することは理解しがたい。

 この事件は、単なる私怨による殺人事件ではない。国家の指導者としてのあり方、違法な宗教団体の存在を黙認し続けた国家のあり方を問う事件なのである。

 しかし山上被告はそれを問うために事件を起こしたわけではない。それは、安倍元首相に対する憎しみなど持っていないということから明らかなことである。

 山上被告の行為は、「絶望と危機感」によってなされたもの。

 これこそ確信犯ではないか。

 日本の裁判史上初めての確信犯に対する審理。しかしそれは多分ありえない。

「安倍元首相に対する逆恨みによって安倍氏を死に至らしめた」。こんな判決文になることは目に見えている。安倍氏と旧統一教会の問題に踏み込める裁判官はいないだろう。

 「どんな理由があろうとも、人を殺害することは許されない」
 むかし小泉チルドレンだった男がしたり顔で言う。

 「どこにそんな根拠があるのか、言ってみろ」と言いたい。
 そんない使い古された言葉で山上被告を語ることはできない。そういう事件なのである。こういうコメンテーターは引っ込んでほしい。

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