あのウクライナから戦火を逃れて日本にやってきた青年が、初土俵をからわずか3年で幕内優勝を果たした。
来場所は大関まちがいなしという評価を受けている。悲願の優勝と言うが、悲願がこんなに早く達成できたら悲願ではない。
安青錦の努力、精神力、才能に脱帽するばかりだが、「敗けた豊昇龍が気になる」として少し書きたい。
勝負に敗けたのだから仕方のないことだが、相撲は敗けた者に冷たい。敗けた者はいつまでも悔しさを表に出して、土俵に居すわるものではない。礼をしてさっさと土俵から去らなくてはならない。
1年6場所。今場所敗けても来場所はすぐに来る、くよくよするようなことではない。そういう気持ちの持ち方が相撲にはあるのかもしれない。
豊昇龍は14日に敗けている。それまで対戦成績は2連敗。敗け方があまりよくない。優勝決定戦では安青錦に背中を向けて、両ひざをついての敗け。この敗け方はみじめで見ていてもつらい。
敗けて引き上げる花道で、土俵に向かって深々と長い時間頭を下げた。何を思ってのことなのか。4秒間頭を下げたことになっている。
ネットでは早やこの「4秒間頭下げに」感想が満載。「横綱としてのプライドがそうさせた」「泣いてくる」「横綱として立派だ」
そうかな、プライドかな、泣けるほど立派かな。今まで豊昇龍に対して立派だな、などと言うファンはいただろうか。
わずか3年前日本にやってきたヨーロッパの若者に、自分の相撲は歯が立たなかった。あの花道での意識したような長い礼は、そのことに対する気持ちを形にしたものではないだろうか。ひょっとしたら相撲との訣別を告げたのかもしれない。
安青錦に戻す。一つ心配なことがある。これから彼はバッシングを受けるのではないか、ということである。
戦火を逃れ、兵役を逃れて日本に来た。両親や兄弟はウクライナにいて、生死の境をさまよい、食べるものも電気や水道もない不自由な生活を強いられているのではないか。
しかしそうではなかった。両親はドイツにいてクリーニング屋をやっているという。裕福であるから仕送りはしていないらしい。
日本人はどう思うか。戦火を逃れ、兵役を逃れ、親がミサイルの恐怖にさらされることもなくドイツにいて、裕福というのであれば日本人はダメなのである。日本人の好きな判官びいきが入り込む余地がない。
メディアは安青錦を称賛しつつ、「戦火を逃れ」という表現を使い始めている。「親がクリーニング屋で裕福」などということはメディアしか知りようもない。
報酬は有名ブランドのバッグや高級時計の購入につかっていると、若い世代の人気力士なら当然やってみたいことをやっていると報じている。無駄遣いをしているという言い方ではない。
いつこの言葉を非難の言葉に変えるのか。メディアはSNSに情報を与えていることになる。SNSは一晩でコロッと変わる。
ロシアの進攻が一日も早く終わり、戦争の無い平和な国から相撲好きな若者が日本に来た、というのがいい。



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